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木洩れ日の森から

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2006年 10月 03日

幻の東京五輪

ノエルの森のすぐ下の鉢巻道路を多くのアスリートたちが走ります。
そう、ここ標高1,200mの富士見高原は、高所トレーニングの盛んなところでもあるのです。
オリンピックの強化合宿も良く行われます、特に柔道は盛んで温泉で監督や選手と一緒になる事も珍しくは有りません。

少し前になりますがオリンピックの候補地に福岡と東京が立候補、結局東京に決まったとの報道がありました、もし本当に東京オリンピックが実現すればこれで二回目、いや本当は三回目となるはずだったのです。
そんな証拠の器が我が山荘にあるのです。
少し調べてみますと
1936年(昭和11年)ベルリンで第12回オリンピックの開催地を決める最終会議が行なわれていました。
この席で当時のIOC委員である嘉納治五郎が「アジアの一角に全世界の若者が集まる時、世界は新しい平和への幕開けの時を迎えるであろう」と演説、他の委員の心を揺さぶり36対27という大差でヘルシンキを押さえ極東アジアの東京に決定したのです。
1940年は皇紀2600年にあたり国家イベントとしての万国博覧会とオリンピックをどうしても開催したい、そんな機運だったのでしょう。
開会式は昭和15年9月21日(土)、閉会式は10月6日(日)とまで決定されました。

しかし昭和12年(1937年)7月7日、中国で盧溝橋事件が勃発し、日中戦争が始まってしまい、昭和13年7月15日、政府は万国博覧会と東京オリンピック開催返上を閣議決定します。

幻の東京五輪_d0082305_725775.jpg

「1940東京オリンピック」は夢と消えたのです。






そんな「幻の1940東京オリンピック記念の器」がなぜかあります
我が家の「けったいな物コレクション」の一つですが、ちょっと「ゲテ」ですので、お料理は盛りません

ただ話ネタの器です


幻の東京五輪_d0082305_7243334.jpg







八百平商店配布
幻の1940東京五輪記念盃

配布元の「八百平商店(東金町)」は現在でも日用雑貨店として営業されているようです
電話番号43番が時代を感じさせます

by takibiyarou | 2006-10-03 06:24 | 雑観


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