木洩れ日の森から

komorebit.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 03月 ( 28 )   > この月の画像一覧


2014年 03月 31日

雪解け

14-3-28

ノエルの用足しだけ済ませ、4時出立

この時間に走ると、ストレスなく走れます

午前6時ごろには森に到着

それにしても明るくなりましたねー

つい先日までは真っ暗でした、この時間

森に着いて、まず驚いた事は

雪が殆どなくなっていること

ほんの数日前までは

まだ森は真っ白でしたのに

今では、屋根から落ちた雪の山脈があるだけ

なんと早い雪解けなんでしょう


朝餉の準備していましたら、デッキに黒い影が・・・

はなちゃんです、お散歩の途中なんですね

お話お聞きいたしますと

私の下山した次の日当たりに

暖かな雨が降ったそうです

それで

森の雪は殆ど姿を消したそうです


d0082305_06292481.jpg

ノエルをバギーに乗っけて、雪解けの森を散策

何時もの蕗の薹の群生地に行ってみますが

まだのようですね

でもこの陽気ですと

一週間もすると

春一番の芽吹きが見られそうな気がします


d0082305_06305318.jpg

眼前には、まだ雪の甲斐駒ケ岳の姿




by takibiyarou | 2014-03-31 04:02 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(6)
2014年 03月 28日

「すが漏れ」現象の怪

先日の大雪の後、西の窓に異常事態が

幾つかの窓ガラスの外側に氷が・・・

事情が、よく解らないと思いますが

窓ガラスの外側に、水が流れて、その水が即凍る

そんなことが二三度あり、変だなーと思っておりましたら

とうとう、一番端の窓がえらい事に・・・

d0082305_06393330.jpg


こんなの初めてです

調べてみましたら

すが漏れ  」という現象、らしい

大雪と雪解け、そして異常なまでの低温が原因らしい


屋根に雪が積もり、それが室内の暖房にて融かされ水となる

その水は、雪の下を流れて軒に達します

その雪解け水は、軒から滴り、ツララとなります

が、この時に、軒の先端部の水と雪が凍りつきますと

この氷がダムとなり、大量の雪解け水を貯水してしまいます

この大量に溜められた水は、出口を求めて

「毛細管現象」と言う魔法で持って、屋根材の僅かな隙間に吸い上げられ

雨漏りとなる

台風の大雨でもなんとも無いのですが、雪と氷によってもたらされる

雪国地特有の雨漏れらしい・・


大きなツララのできる時は、要注意のようです


この現象の対策としては


 1- 室内を暖房により、温めない
     屋根の上の雪を溶かさない

 2- 屋根に上って、凍りつく前に雪を落とす


 3- 屋根の傾斜角度を大きくし、雪が積もらないようにする


 4- 屋根をヒータで温めて凍りつくのを防ぐ


と、こんなとこらしい・・・が


どの対策案も、有り得そうにもありません


1-は、凍死するか、はたまた冬にはお山に行かないか・・・

2-は、やって出来なくもなさそうですが、これまた命の保障がありません

3-は、いまさら有り得ない工事となります
  増築に当たり、苦肉の策での緩い傾斜
  これほどの豪雪は、正に想定外 

4-これが一番有り得なさそうな方法ですが

  なんと、一番可能性の有る方法らしい

屋根材の下に全面のヒーターを設置すれば万全なのは解りますが、これは有り得ないこと

しかし、検索して見ますと

後工事で出来そうな方法もあるようです

軒先の屋根材の上から貼り付けられるシート状のヒータ がある
接着により貼り付ける物やら、マグネットシーとになっている物やら
かなりのバリエーションがあるようです


しかし、安価な工事ではなし、DIYによる施工も考えがたい

増築後、毎年のように多少の雪は積もり

幾たびかの大型台風にも異常なし

そして、1月の大雪の後にはこの現象は現れませんでした

確かに、今回は屋根の雪が融ける前にまたしてもの豪雪でした

そして、その2月の豪雪の後に現れた現象

極寒ではありますが、今までは積雪の少なかったこの地域

決して、雪国ではありませんでした

今までは・・・

今回の豪雪を数十年に一度の大災害と見るのか

それとも、地球の異変にてこれからも頻繁に起こりえる事と考えるのか


除雪機さえも準備して置かねばならないのでしょうか




実に

悩ましいところです・・・


追伸
なんで「すが漏れ」と言うのか、これも疑問でしたが
先ほど、chatadonさんから
氷のことを(しが)というとのコメントを頂きました
調べてみますと、確かに「しが」と言い、東北の豪雪地帯では
雪下ろしのほか、屋根の氷を割るしが割り 」をするとの情報を得ました
「しが漏り」が少しなまって「すが漏り」となったのでしょうかねー

chatadon さん、ありがとうございます

すが漏れ」を津軽語辞典で調べてみると、のっていました
 氷のことを「しが」「「すが」と呼ぶのは
  東北地方の方言のようですね

またすが漏り」は、冬の季語だそうです
風情のある響きですが、怖いです・・・












by takibiyarou | 2014-03-28 03:26 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(10)
2014年 03月 27日

外出が・・・

下山してこのかた、ずっと仕事部屋にて過ごしています

森に引き続き、下界でも引き篭もり

ほとんど外出もせず、朝から暗くなるまでPCに向かっていますと

眼が疲れて、涙が出てきます

そして、それに追い討ちかけるのが

そう、花粉

ドライアイの目薬注したり、アレルギーの目薬注したり

忙しいです

たまの息抜きは、ノエルの用足し

お向かいの、神社の境内までのお散歩

それも、用足し済んだらそそくさのご帰還

そんな日々ですので

今のところ、花粉症の悪化は無く過ごしております、が

本日は、打ち合わせ

外出せねばなりません・・・


目薬注して

マスクして

都内なんですが

車で出かけようと

思います

d0082305_06200087.jpg

写真は14-3-22の、してんちゃん













by takibiyarou | 2014-03-27 06:22 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 26日

引き篭もり

14-3-22

眼が痒いです
暖かい春の様相ですので、いた仕方有りません
しかしながら、今年はまだお医者さんに行ってはいません 
昨年の未開封の目薬で対応しております
どうしたことか
今は、それだけで何とかなっております
いつもなら、目は腫れ上がり、鼻水は滝のごとく
それを拭うと、鼻は赤く爛れて熱さえ持ちます
勿論、くしゃみは止まらず、体力の限界が・・・
そんな状況なので、まずは医者にかかり薬をもらう
これがこの時期の恒例です、が
今年はまだ薬を貰っておりません
未開封の目薬はあるのですが、飲み薬は無し
目薬を注すだけで、それほどのくしゃみもまだ出ておりません
今のところ、なんですが

どうしたのでしょうか・・・

体質が変わったのでしょうか

そう簡単に花粉症が治るはずはありません

ここお山では、杉の木はあまり眼にしたこともありませんが

それでも、下界から吹き上げてくる

目は痒いのは

花粉が飛んでいる証拠

なので、引き篭もりを決め込むことにいたします

先日の買い物頼りに

引き篭もり

外に出るのは、ノエルの用足しのお付き合いのみとして

枕に最適なほどの厚みの本、「富士見町史 上巻」

びりちびろと頂きながら

日がな一日

引き篭もり


そんな時

遊びに来てくれました

してんちゃん

今回初めての、ご来店

d0082305_19391935.jpg
d0082305_19421269.jpg













by takibiyarou | 2014-03-26 03:48 | 猩壺庵 | Trackback | Comments(3)
2014年 03月 25日

うっすらな雪

14-3-21

三連休の早朝、渋滞を懸念してまだ暗いうちの森入り
雪はかなりその厚みを減らし、所々に顔を出していた冬枯れも
その範囲を広げています
しかし、屋根から落とした雪の山は、カチカチに凍っていて
融けるにはかなりの時間が掛かりそうです

ストーブに火を入れて、ノエルにご飯

買い物に行こうと準備していますと
ゴウ介家からの電話
こちらに向かっている様子、雪の具合を聞いてくる
もうだいぶ融けたと答え、買い物に出かけようとすると
なにやら白いものが・・・雪か
次第に雪の量は増え、吹雪の状況となる
落ち葉の見えていたアプローチは、次第に白く染まってゆく
しかし、気温は高いまま
積もる事はないでしょう
d0082305_05262466.jpg
かまわず吹雪の中を走る
フロントガラスの雪をワイパーで払うと、シャーベット状になる

霙交じりの吹雪の中を図書館に向かう
予約しておいた本を借りに、ところが
この三連休は、貸し出しが出来ないと・・・
ご連絡してあるはずですと?・・・

仕方なく、買い物して、帰る


山荘に着くと

吹雪はすでに止み

雪の痕跡すらない

春の雪ははかないですね

d0082305_08165376.jpg






by takibiyarou | 2014-03-25 05:28 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 24日

乙事のこと その二 「遠近」

さて、「遠近」、これ何と読むのでしょうか??

先日、当地の不思議な小字名「乙事(おっこと )」についての記事を書きました
そこで、「乙事」(おっこと)はかつて音骨・乙骨(おつこつ)と呼ばれていた所まで、何とかたどりつくことが出来ました

しかしながら

この地がむかしむかし、なぜ、(おつこつ)と呼ばれていたかについては

まだまだ、謎の中・・・

と結ばざるを得ませんでした

ところが
その後、「富士見町史 上巻」を読み進めるうち
何とかその疑問の答えとなる記述を見つけることができたようです

乙事の語源、由来
諏訪神社というと、全国に一万余の分社を持つ現在の諏訪大社のことで諏訪大社上社(諏訪市)・諏訪大社下社(下諏訪町)の二社からなっている。
乙事村には古くから鎮守神とか産土神、または氏神をまつる神社が二社あって、この二社は、ともに文化八年(1811)諏訪明神を勧請して乙事諏訪神社上社・下社といった。
たまたま、昭和二十三年(1948)上社が火災にあい、復旧にあたって、下社の本殿を上社に移して本殿とし、上社・下社を併合して一社とすることにし、現在の乙事諏訪神社となった。
上社は、はじめ御別当社として室町時代の延徳二年(1490)、いまの地に鎮座したといわれる。そのころ、のちに廃村となった稗之底村の一部の人々は、すでに乙事村に下ってきていた。乙事村の名前は、おちこち(遠近)からきているといわれるように、稗之底村をはじめ各地から集まった人によって構成された。
「富士見町史 上巻」第五編 第十五章 第三節 諏訪社 
乙事諏訪社の沿革の項 P1259 執筆者 竹内美幸 
おちこち(遠近)・・・??

早速「遠近」を辞書でを引いてみますと

おち‐こち〔をち‐〕【近】


  遠い所と近い所。あちらこちら。

 

  将来と現在。昔と今。

 

 おちこちびと【遠おちこちびと【遠近人】

  あちこちの人。


とある


「おちこち」


主に詩歌で使われる日本古来の美しい言葉であるような

乙事村は各地からの「おちこちびと」からなった村で

「おちこち」遠近、それが「おつこつ」、そして乙骨・音骨の文字が当てられれ

現在の「おっこと」乙事となった

なるほど・・・


d0082305_10340702.jpg
乙事の杜


この説の信憑性は確認することは出来ませんでしたが

それでも

やっと長年の、胸の閊えがとれた思いです











by takibiyarou | 2014-03-24 04:46 | 物語 | Trackback | Comments(10)
2014年 03月 21日

乙事のこと

ここ八ヶ岳の西麓に「乙事」と呼ばれる地域があります
読み方は(おっこと)
現在では富士見町の経営する「おっこと亭」なる蕎麦屋が有名ですが・・・
「乙事」、非常に変った名前ですね
「乙事」といいますと、直に思いつきますのが宮崎駿監督の「もののけ姫 」に
登場するイノシシの親分「乙事主 」でありますが
宮崎駿監督の山荘が直近くにあることから、この地名(小字名)からの発想と伺えます
しかし奇妙な小字名です、なにやら曰くありげな小字名ではありませぬか
そしてまた直近くには「烏帽子」との小字名もある、「烏帽子(えぼし)」とは高貴な位の方々の正装用の被り物であります
(やはり「エボシ御前」として「もののけ姫に」登場、また乙事村の枝村に当たる「小六新田」や県境の「甲六川」、そしてきのこのハナイグチの地方名「ジコボウ」までジコ坊として登場

そんな高貴な名がなぜここに・・・

私がこの地に通うようになってから
これらの小字名の由来が常に気に掛かっておりましたが
念願の超分厚い「富士見町史上巻」を入手しましたので少しわかるかもしれません
超分厚い本を開いてみます

まず、富士見町史の中から
「乙事」に関する事項を抜き出してみますと

 ■1582年(天正10)徳川家康、北条氏直と乙事に対陣する
          (乙事陣場 (おっことじんじょう))
           乙事の五味太郎左衛門、家康に属して活躍する

 ■1656年(明暦 2)稗の底村を廃村 として村民は「乙事」「立沢」に別れ暮す

 ■1722年(享保 7)乙事法隆寺十一面観音堂 建立

 ■1780年(享保 7)乙事村出身の三井透関 、甲州街道の改修を行う

 ■1811年(安永 9)乙事で諏訪神社の分霊を受ける

 ■1853年(嘉永 6)乙事村、譲り受けられた諏訪大社上社旧弊拝殿を移築
           乙事諏訪神社

 ■1875年(明治 8)立沢村と乙事村が併合して本郷村となる

 ■1883年(明治16)本郷村が立沢村と乙事村に分かれる

 ■1889年(明治22)市制及び町村制施行される
           立沢村と乙事村が再び合併して本郷村となる


これだけ見ましても
昔からかなり重要な地域とされていたことが浮かんできますね

乙事陣場(おっことじんじょう)は現在「乙事陣場跡」として石碑が立っています
この説明文をば拝借しますと
「いまに陣場の小字名を伝える足場溜池の南側一帯は、徳川軍が布陣したところである。
織田信長が本能寺で滅亡するや、諏訪頼忠はいち早く諏訪の旧領を回復して自律した、しかし徳川家康が諏訪氏を服従させようと攻略する。
いっぽう北条氏も信州を支配しようと四万三千の大軍を率いて佐久方面から進撃してきた。
このときこれを察知した徳川方三千は乙事まで退いたが、北条軍は一里近くまで迫り、両軍はまさに乙事原で衝突しようとする寸前であった。
太郎左衛門は具に北条軍の動静を探り、適切な進言をしたので、徳川軍は一兵も損なうことなく新府に退くことが出来た」
とある

適切な進言とは
「富士見町史 上巻」資料編 一乙骨太郎左衛門覚書 によると

其時太郎左衛門申上候ハゝ、古府中之城ハ悪敷所にて御座候、うしろはせき水寺と申山御座候、南は善光寺の山、北ニハ遊之上之小山、西ハあけたニ而御座候、加様ニ悪敷城ニ而御座候間、御無用可被遊と申上候へハ、其の儀ならハ駿河へ御馬・・・・・

要約すれば
其の時太郎左衛門が進言したのは、古府中之城(武田氏の館)は良くない場所です。背後はせき水寺(積翠寺)という山があり、南は善光寺の山、北には遊之上之小山、西はあけた(上田 あげた 高い土地にあって水はけのよい田)があります。このように悪しき城なので、古府中之城へ在陣することは無用です・・・・・との進言

この手柄を立てたのが乙事の名主「五味太郎左衛門」であります

結局北条は上州を、徳川は甲斐・信濃を得るという和議が成立、諏訪頼忠は徳川配下となり

頼忠の息子頼水が高島藩初代藩となりました

五味太郎左衛門は、この間の功績によって甲州に拾貫文の知行を拝領し、後になって家康に召し出されて姓を「乙骨」と改め、旗本に取り立てられました    


「乙骨」の名が登場


「富士見町史上巻」の乙事村の項を開いて見ますと

乙事村は立沢とともに北部の最も高いところに位置し、標高は1,000mを超える。村内を甲州街道(善光寺道)が通じている。
村名は古くは乙骨(おつこつ)と呼ばれ、また建仁二年(1202)の「諏訪郷名改帳」に音骨とあるのが、これであるとも言われている。
境筋一帯は戦国時代に度々戦場となった地域であり、この付近でも何度か戦闘が行われた。中でも天正十年(1582)徳川家康と北条氏直がこの辺りで対陣したことはよく知られており、「徳川家忠日記」には「(八月)三日戊子、おつこつ迄出陣はり候」と記されている。村の南方に陣場とよぶ地名が残っているが、これがこのとき徳川側が陣取った乙事原であると伝わってる。・・・・・・・・・・・・・・・・・
、享保十八年(1733)の「諏訪藩主手元絵図」には一三0軒、明治には二三0余戸、一,一00余人までになっている。
文化六年(1809)乙事村では村内諸家の由緒調査を行い、その結果を「古代の儀御尋ねに付き書上帳」と題する帳面にまとめている。・・中略・・・・
廃村となった稗の底村 からの移住者が六家あると書き上げられていることも注目される。・・中略・乙事村は稗の底村を預かった形になっていた。・・・中略・・・・・
乙事村の内は大きく上村と下村の二つのまとまりがあって、それぞれの氏神を祀っていた。最初御別当社と称した上村は、延徳二年(1490)の勧請(離れた土地より分霊を迎え遷座鎮祭することとされ、また下社は乙骨太郎左衛門(五味氏)の屋敷神であったと言われる。上社と下社の間にはこの氏神の問題を中心に長く争いが続いたが、文化年間に入ってようやく和解が成立し、文化八年(1811)諏訪神社の分霊を受け、上社を乙事総社、下社を乙事鎮守社とすることが定められた。そして祭神は三月(二の酉)-現在は四月十五日-の酉の祭に上社から下社へ、下社から上社へ遷座する慣例となったという。
中世来の有力な土豪であった五味氏は、はじめ武田氏に仕えたが、同氏の衰運とともに乙事に身を引いて住居した。その後徳川氏が諏訪に進出するとこれに仕え、家康の関東入国に従った。この際、姓を乙骨と改めており、乙骨氏は代々旗本として幕府に出仕している。
また村に残った一族は五味氏として有力な名主家を形成した。

「富士見町史 上巻」より  p687~688


あの凄いエリート一族乙骨家」のルーツがこの地なんですねー

乙骨一族といいますと、十一代目乙骨彦四郎耐軒 江戸後期の儒者

そして、その子であり「君が代」の歌詞選出にかかわったとされる乙骨太郎乙おつこつたろういつ)

またその三男の乙骨三郎」 は尋常小学唱歌の「日の丸の歌」「浦島太郎」「汽車」「池の鯉」の作詞を手がける

そして 2010に亡くなられた、元東芝EMI社長「乙骨剛」

等々、凄い人物を排出いている一族です


横溝正史は病に侵され、この富士見高原療養所 で過ごします

その信州を舞台とした小説「真珠郎」に乙骨三四郎という人物が登場するそうですが

これもこの地「乙事」からの発想かと


かつて乙骨、音骨と呼ばれ


今では、八ヶ岳西麓の小字名に過ぎない「乙事」ではありますが


そこには、武田氏、諏訪氏、北条氏、徳川氏、との


密接な関係が秘められていたのですね


d0082305_10504871.jpg
乙事諏訪神社



しかしながら

この地がむかしむかし、なぜ、乙骨と呼ばれていたかは

まだまだ

謎の中・・・





by takibiyarou | 2014-03-21 10:51 | 物語 | Trackback(1) | Comments(6)
2014年 03月 20日

下山

14-3-18

朝方は晴れていたのですが
次第に雲が厚くなってきました
昼からは雨らしい

餌皿をひまわりの種で満たし
リス君たちの非常食として胡も少し置いておく
ゴミを整理して、水抜き

さて、ノエルを病院に連れて行きがてらの下山
いつものAコープ近くの動物病院
おっと
ゴミステーションを通り過ぎてしまいました
場所場所で指定のゴミ袋が違いますので
忘れて持って帰ってしまうと、後が大変なんです
Uターンしてゴミ袋を置いて来る

雨が降り始めます
動物病院にはすでに数人が待っています
待合の椅子の下にノエルを伏せさせますが
なんだか元気がありません
おばちゃんたちと、大雪の話となる
一人は地元の方、もう一人は神奈川からの移住者らしい
乙事にお住まいだそうな、直近くの集落
雪の話から畑の話、暖房の話からまた雪掻きの話
そんな、他愛の無い話で待ち時間を紛らわせます
この動物病院、先生一人に看護師一人
診察は丁寧すぎるくらいなので、時間がかかる
しかし、評判がいいと見えて次から次に来院者
待合室には入りきれず、皆さん車で待っています
一時間くらい待って、ノエルを診察室に
体重21.95Kg、まあまあでしょうか
目から耳、そして口、全身の触診
各部に出来ている腫瘍(良性との確認済み)の再確認
後足の傷を舐めるので一向に治らないと相談
包帯やら、靴下では、食べてしまうノエルですので
舐めるのを防止するにはエリザベスカラーしかなく
ノエルの年齢を考えると、ストレスの方が心配
傷は化膿してないので
このままのほうがいいのではとの結論に
膀胱炎のお薬をもらう

駐車場に帰ると雨はすでに止み晴れ間も
しかし、車が汚い
残雪の道を走っていますので、仕方ないのですが
それにしても、汚い
この辺りではかまわないのですが
これで都内は走りにくい・・・

病院近くの洗車場に寄り、洗車機を通過
何とか小ぎれいになる

すると、また雨が降ってくる

がっかりするが、後の祭り・・・



d0082305_04390703.jpg
助手席の背を倒して乗せているノエルは

前足を私の膝に置き

ギアレバーに顔をくっつけるような姿勢で眠っている

泥水を跳ねないように、ゆっくりと走る

ノエルの体温を膝に感じながら

インターに向かう














by takibiyarou | 2014-03-20 05:49 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(4)
2014年 03月 19日

いつものことか・・・

14-3-17

デッキの薪棚の薪が無くなった
今日も暖かそうなので、それはそれでいいのですけど
このまますんなりと春になるとは、思えません
雪だって、また降るに違いありません、たぶん
13年くらい前の大雪は、忘れもしない3月30日
4月に入っても春の雪は降る
それに、週末からはまた寒くなるに違いない
薪棚の薪が無くなると凄く寂しい

今のうちに薪運びをしておこう

野積みの薪はまだまだ雪の下
デッキ下の薪をデッキ上の薪棚に運ぶ
除雪用のスノーダンプを運搬用の橇代わり
中腰の作業の為、頭の保護にハットを被り潜り込む
デッキ下に積んである2年物の乾燥薪を、スノーダンプの積みこんで
一旦外に出て、薪の積まれたスノーダンプを引きずり出します
それを今度はデッキ上の薪棚に運び上げる
結構疲れる作業です

半分くらい運び上げ、またデッキ下に潜り込もうとしたところ
太腿に、痛みが・・・
先日いためた太腿を、また遣っちゃいましたかねー
本日の薪運び
これにて終了


再び痛めた太腿に、湿布を貼っていましたら

遣ってきました

ほんてん君

やっと、ひまわりの種が補充されたのに氣付いようです

してんちゃんに一日遅れ

先日置いて帰った胡桃で凌いでいたのかな

ほんてん君はいつも、直横の唐松の大木から下りてくる

この大木に住まいがあるのか?

それとも幹線道路としてなのかは不明ですが・・・

それに対して

してんちゃんは、北西のやはり唐松の大木から下りてくる

昨年の2月に来てくれたのは、してんちゃんらしい
d0082305_04343860.jpg

今日のほんてん君、尻尾が薄い・・・


d0082305_05473731.jpg
北西の唐松の大木から下りてきた「してんちゃん」 13-2-11撮影
尻尾は少しふさふさ




目は痒いし

足は痛いし

今日は、おとなしく

お酒でも呑んで過ごそう



いつものことか・・・












by takibiyarou | 2014-03-19 06:00 | 猩壺庵 | Trackback | Comments(4)
2014年 03月 18日

有明の月

14-3-17

月明かりに目を覚ます
まだ暗いはずの森に、煌々と月明かりが残雪を照らしています
階下ではノエルも起き出した様子
それにしても暖かい
昨日は殆どストーブを焚いていません
夜もそのまま寝てしまいましたが
寒さを感じることはありませんでした
時計を見ると、4時半、室温は15℃
寒さに強い私には、少し着込めば大丈夫なくらいですが
少しだけ、火を入れますか

ノエルを用足しに森に出す
外気温ー3℃、寒さもだいぶ和らいだようです
森の木々の上には大きな月が浮かんでいます
いつもならまだ真っ暗な時間ですが
森は月明かりに満ちて、すでに夜が明けたようです

d0082305_05563792.jpg
有明の月?

でも、有明の月は秋の季語でしたね・・・











by takibiyarou | 2014-03-18 06:21 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(4)