木洩れ日の森から

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2006年 06月 05日

未知との遭遇

それは、1999年 夏のことでした・・・

道からのスロープ作りが一番大変です、30センチも掘るとすぐに太い根っこが出現。
ひ弱なアウトドアマンにとっては、泣きの連続です。
それでもなんとか、後少しと言うところ、背中に何者かの視線を感じます。

森に人気は無かったはず。

勇気を振り絞り振り返る。

と、2~3メートル先に、三頭のイノシシがたてがみを逆立たせてこっちをにらんで居るではありませんか。

逃げようにもすでに腰は完全にぬけています。

クワを持って1メートルほど、後ずさるのが精一杯。

すると三頭のイノシシは、互いに目配せし一気に森の中へ、消えていきました。

しかしこの後が大変、ホッとしたのもつかの間です。

後から後から、出てくるは出てくるは

親イノシシの 後にウリ坊、その後に親イノシシ・・と続きます

総勢約30頭の団体さんだったのです。

呆然と座り込んでいるところへ、買い物から家内が帰ってきて

「どうしたの、ギック腰??」
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「もののけ姫」の乙事主の画像を拝借いたしました


後日談ですが
下の森で消防団の訓練があり、イノシシの群れを追い出したらしいのです




1999年9月
普通9月と言えばまだまだクーラーが手放せない季節ですが、ここ八ヶ岳ではそろそろ秋の気配が濃厚です。
我が家も来るべき冬を想定してかからねばなりません、まずはキッチンの給湯設備を入れ、改装のため撤去された業務用二槽シンクと業務用冷蔵庫を運び込み設置。
業務用冷蔵庫は、もちろんビールを冷やすためで有りますが、それだけではありません。
八ヶ岳では冬冷蔵庫には、凍らしてはいけない物を入れる、のです。
ビールなど外に出しておくと一晩ではじけてしまいます。
業務用冷蔵庫は、ビールケースごと2ケースは入るのでストッカーとして最適なのです。

次はいよいよストーブ。
もちろん薪ストーブと言いたいところでなのですが、床の補強の問題や煙突の問題を解決する為に、かなりの費用と時間を要するため、ひとまずあきらめ石油ストーブを探す事とたたのです。
都会では9月にストーブは売っていません、が、ここではもう店頭に並び始めています。
お店でもらった石油ストーブのカタログをチェック。
-15度にもなる八ヶ岳の冬を乗り切るにはこのストーブ選びは極めて重要です。
カタログの中で最大級の業務用(学校や、公民館に置いてあるやつ)を外部設置の石油タンクと一緒にJAに注文、10月に工事を頼みます。
これでひとまず越冬準備は完了です。


1999年10月 
発注していた石油ストーブの工事に行きますとの連絡を受け、少しあわてます。
屋外設置の石油タンクの設置台をまだ作ってなかったからです。
石油タンクの設置位置は、ストーブより高くなければ、ポンプが必要となります。早速 Jマート(富士見町20号線にある大型ホームセンター)で材料を調達
デッキと同じスノコ状の設置台を制作します、ここに石油タンクを設置すれば雨戸との距離10mmの離れ業。
ついでに反対側にも制作して左右対称にデッキも増築。
もう一つ、飲んべえの友人の勧めで、窓の外に300mm位の棚をも制作します。
この棚にビールをセット、飲んだビールのからビンを窓から棚に置き、替わりに外気で冷えたビールを頂戴する極めて有効な棚となります。
しかし、万が一置き忘れるとビールの爆発となってリスクも伴う棚なのです。

JAの石油ストーブ設置工事も順調に進みいざテスト。
スイッチONから約1分後、ゴーーと凄まじい音と共に火炎放射器を連想させる様な炎、すごい火力です。
これなら八ヶ岳の冬でも大丈夫、とホッとする一方燃費は最悪のようす。
冷や汗たらりであります。

1999年11月
この時期の森は、見渡す限りの黄金色の中に真っ赤なツタ漆が点在し、実に素晴らしい森となります。
そして唐松のちっちゃなちっちゃな、黄金色の葉が降り注ぎます、それは、恰も金箔の雪。
その雪は地上の全てを黄金に変えてゆきます。まさにカレンダー写真の世界です。
しかし11月も後半になってくると、いよいよ冬到来。

寒さが痛い季節です。

私たちがこの八ヶ岳に森を探し始めてはや一年。

やっと「森の暮らし」の真似事が出来るようになりました。

工事の方は階段にループカーペットを貼り、ノンスリップを取り付けて、ひとまずお休み。

しばらくは、短い八ヶ岳の秋を精一杯楽しむことにいたします。


しかし、工事はこれからも続く事になるでしょう。




                              HP「木洩れ日の森から」より転記いたしました

# by takibiyarou | 2006-06-05 00:05 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 04日

森の暮らし始まる

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1999年5月
ゴールデンウイークと言えどもここ八ヶ岳南麓はまだまだ寒く、当然ストーブが必要となります。
幸い少々古いが石油ストーブが残されていたのでこれでしばらく我慢です。そして寝具は当然シュラフ、家の中でのキャンプ生活です。
しかしこれがなかなか楽しいのです、またこれが楽しめないようでは、森の暮らしなどできはしないでしょうけど。
古い石油ストーブにかじりつきながら、森での暮らしに思いをはせ酌み交わしたビールの旨いこと。

森は、日が暮れるのが早く、夕日がきれいだなーと思っているとすぐに真っ暗闇となります。
この暗闇が尋常でありません、「真の闇」一寸先も見えないとは本当なのです。懐中電灯なしには、一歩たりとも歩けません。
やっと森をぬけると、そこには満天の星、それはそれは言葉では到底表すことの出来ないほどの美しさです。
家内と「昴」を見つけはしゃいだのを、今でもはっきり記憶しています。

森で過ごす最初の夜、いや明け方でしょうか
まだ窓の外は真っ暗です、いきなりドアをノックする音に飛び起き、何か緊急事態でもと恐る恐るドアを開けてみます
しかしそこには誰もいません、真っ暗な闇が広がるばかり。
しばらくすると再びノック、静けさの「シーン」が耳についてうるさいほどの静けさの中

ノック音が森に響きわたります。

家内と顔を見合わせ再び、ドアを開けてみますが誰もいません。

やっとアカゲラの仕業と解ったのは、しばらくしてから。


森での最初の朝はアカゲラの突然の訪問で明けたのでした。時計はAM4:30を指しています、森は早起きです。
この頃になると一斉に鳥が鳴き始めます。
1,200mという標高のせいかどうかわかりませんが、こちらに来ると異常に良く眠れます。
みんなそお言います、家内もそうだと言いますが、それはいつものことです。
そんな訳で私もずいぶん早起きになりました、家内は歳のせいだと言いますが決してそれだけでは有りません。
標高のせいだと私は一人思っているのです。

確かにこのあたり、スポーツ選手の高地トレーニングが盛んです。
鹿の湯という温泉のあるホテルでは、オリンピックの強化合宿も行われていて、柔道の山下監督と露天風呂でご一緒したことも有るのです。


1999年6月
さて次は、経師工事(壁紙を貼る工事)です。
自宅の壁も自分で貼っているので慣れてはいますが結構たいへんな作業であります。
幸い仕事関係の友人(写真経師のプロ)が山荘の見学がてら手伝いに来てくれることになりほっとした次第です。
友人を迎えるとなればやはりバーベキュー、早起きついでに焚き火サイトを作る事にしました。
森では長年落ち葉が蓄積し腐葉土となっているため、無闇に焚き火は御法度なのです。消したつもりでも火種が地中に残り何日も後に別の場所から燃え出す事も有るからです。
このため、焚き火をするには専用の炉が必要となるのです。
土を約50から60センチほど掘り下げ、砂利を敷き、その上に平たい石を並べます、そして同じく石で壁を作ります。
最後に炉の廻りにも何列か石を敷き詰め、廻りの落ち葉に燃え移らないようにして、これで完成です。
冬の間に落ちた枯れ枝を燃してみますと、地面の緩やかな傾斜が幸いしたのか素晴らしい燃え方でついつい嬉しくなります。
そして朝早く家内を起こして叱られます。

連休に友人が専門の経師道具持参で来てくれました、経師材はすでに用意できています。
仕事でうまく余るように調整発注した、残り物(残した物)です。
さすがプロ、手際が良い、夕方までに壁の大方が貼り終えます。
作業はこの辺にして温泉、後は出来たてのファイヤーサイトでバーベキュー。

森のこと、鳥のこと、山菜の話、焚き火を見ながらの話は尽きません、大いに呑みます。

友人のお陰で壁までは貼り終えましたが、まだ天井が残っています、それも吹き抜け部の天井です。
壁紙を裁断し刷毛でのりを敷き、のりの面同士を重ねるように折り畳む、こうすると時間がたってものりが乾きにくく
ビニールの袋に入れておけば二三日は、大丈夫なのです。
2.1mの脚立上での作業は容易ではありません、特に天井面の経師となるとこれは大変です。
ここを押さえればあそこが落ちてくる、の連続。何とか手前の一面を貼れればほぼ成功です、あとは刷毛で前へ前へと押さえて行きます。
やっと吹き抜け天井を貼り終えた時には、二人とも座り込んだまま、しばらくは動くことさえ出来ない状態でした。

もちろん足腰が立たなかった事もあるのですが、それに増してやり遂げた満足感で一杯なのでした。

しばらくの放心状態の後疲れた体を温泉で癒し、貼り終えた天井の下で飲むビールもまた格別なのです。

向かいの区画にタラの木が沢山自生しています。
少しだけ新芽を頂き、友人の近くの森から頂いた「コシアブラ」の新芽も一緒に天ぷらに、これが実に旨いのです。

とは言え、あくまで山菜です、少しだけ森からの分け前にあずかります。
これが山菜の味わい方だと私たちは思っています。
鎌を携え木の芽を根こそぎ切ってゆくセミプロに、怒りを感じるのは私だけでしょうか、切られたタラは決して芽を吹く事はありません。
そこまでして木の芽を食べたくはありません。

床も張り、壁も一応貼り終えました、しかし部屋の真ん中に荒削りのままの柱が残っています。
本来壁の中に収まっていた為、何の化粧もされていない柱です。
かと言ってどっしりとした風格も無い貧弱な柱。
どうした物か思案の末、麻縄を巻くことにしました。
20mの麻縄を巻いたが少し足りませんでしたが、なかなかシヤレた感じに仕上がったと思っています。

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1999年7月 
いよいよ夏です、八ヶ岳の一番過ごしやすい季節です。
家の中も少しずつ落ち着いてきました、ぼちぼち森の手入れをしなければなりません。
森は、冬の間に落ちた唐松の枯れ枝が散乱し、クマザサは伸び放題。
まずは枯れ枝の片付けからです、これが又集めてみればすごい量、2t車では積みきれないくらいです。
いよいよ、ファイヤーサイトの出番です。
集めては燃やし、集めては燃やし、丸一日燃やし続けてまだ余ります、すごい量です。

これでやっと念願の草刈りが出来ます、びっしりと茂ったクマザサを早く刈りたくて仕方なかったのです。
しかし草刈りは大変です、特に私のように腰に爆弾を抱えている者には最悪です。
見るに見かねて友人が西洋の「死に神」が持っていそうな柄の長い鎌をくれました、腰を曲げずに刈れるので助かります。
合計5日くらいかけて一応刈り終える事が出来ました、とは言え週末族にしてみれば約一ヶ月です。

しかしクマザサは、一筋縄ではいきません、地下茎がある限り後から後から生えてきます、イタチごっこなのです。
このため土を丸ごと入れ替える人も少なくありません、でも私たちにはそこまでは出来ません、イタチごっこを覚悟しなければなりません。
ところが丹念に(執念深く)芽が出れば摘む,を繰り返すうち、だんだん生えてこなくなるのも事実なのです。
しかしそれも一時のこと、芽が出れば摘むを怠ればてきめんクマザサの森となります。
すさまじき生命力なのです。


1999年8月 
森で迎える始めての夏休です。
まだまだゆっくりと出来るわけでは無いけれど目一杯長期休暇を申請し、短い八ヶ岳の森を楽しむつもりです。
しかし、この時期にやっておかなければいけない多くの仕事も待っています。
まず最初は、駐車場作り。
これまでは、路上駐車だったのですが、冬の雪掻きのブルトーザーに潰される恐れがあり、森の中にスペースを作ることにしたのです。
唐松を2本伐採、始めての木こり体験、やり方は、テレビ番組で覚えたやり方の実践なのです。
まず枝打ち、出来るだけ枝を落とす事で倒れたとき他の木に与える影響を最小限にします。
次に出来るだけ高い位置にロープを掛け倒す方向に取り付けた滑車に通し、伐採する木の近くに持ってきます。
このロープを手動ウィンチに繋ぎ、樹木を倒そうとする方向にチェーンソーでV字にカット、手動ウィンチを締め上げながらV字の反対側にチェーンソーを入れてゆきます。
手動ウィンチを締め上げチェーンソーを入れる、それを数回繰り返し手動ウィンチを一気に締め上げると、思い道理の方向にゆっくりと倒すことが出来のです。
思ったよりうまく行きました。予想外だったのは「木の高さです」目測の1.5倍も有り危なく隣地に被害を与えるところでした。

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                              HP「木洩れ日の森から」より転記いたしました


# by takibiyarou | 2006-06-04 00:04 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 03日

改修工事の始まり

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1999年3月
いよいよ「私の森」の改装作業の始まりです。
金曜日の夜、仕事を終えてPM 9:30 自宅をスタート、うまく行って約3時間で小淵沢インター、そこから約5分 0:30友人宅に到着。
私たちに与えられた時間は週末のみ、手際よくやらなければ中途半端な状態で帰らなければなりません。

まず手始めに、有刺鉄線の撤去、鹿よけのためでしょうか、周囲にはびっしりと有刺鉄線が張り巡らされています。
3月の後半に降った雪がまだ15センチばかり積もっていいます、雪の中の作業は思ったよりかなきついものがあります
家内は15分くらいで根を上げてしまい後は、私一人の作業となります。
それでもなんとか一日半で大半の撤去を終えることができました、体は冷え切っていますけど。

次なる問題は、この古い建物をどうするのか。
正直言って土地は手に入れたもののそれで精一杯、とても今すぐ建築に取りかかるだけの余裕はありません。
しばらくは、友人宅をベースキャンプとして「森」の手入れ三昧のつもりでいたのです。

家内は、古い建物を早く撤去するつもりで居ます。確かに約30年前に建てられたこの建物は、アプローチの階段及び玄関へ通ずるウッドデッキが腐り今にも崩れそうです。
また建築当時は夏専用の山荘として設計されていて断熱材がとても少なく、冬を越せるとは到底思われません。やはり撤去するしか無いのでしょうか。
またしても友人夫婦のご登場です。
お二人のご意見は、「このままでは冬を越せないが、少し手を入れて夏の間だけでも使えれば何かと便利ではないか、又このあたりの建物は凍結のため基礎が深く解体撤去するにもかなりの費用がかかる」。
とのこと
やって見るか・・・、恐る恐る建物に入り現地調査。
確かに相当古いですが建築当時の図面も残っていますし、何とか成るかもしれません。
それが私の印象でした。しかし家内はまだ半信半疑、冷たい視線を向けています。

そのころ私も仕事柄(展示・ディスプレイ関係)日曜大工には少々自信は有りますが、工事を始めるためには本格的な電動工具が必要となります。
次の週末、「森」詣では一旦お休み、「ジョイフル本田」(千葉・茨城に展開の巨大ホームセンター)にて工具、資材の購入となりました。
大工道具から電気工事用の道具、土木工事用の機材などなど大量に調達、車に積み込み(当時は、まだセダン)いざ出陣。

まず急ぎは、アプローチの階段及び玄関へ通ずるウッドデッキです。これが出来なければ中にも入れません。
折り悪く当てにしていた友人が近所のワンコに指を囓られ負傷、急遽いつも仕事関係でお世話になっている会社の社長に応援を要請、材料の仕入れ・運搬を依頼します。



1999年4月
何としても4月中にウッドデッキを完成させなければ、ゴールデンウイークでの集中工事が出来なくなってしまいます。
私たち[週末大工」にとってゴールデンウイークはまとまった工事の出来る貴重な休みです。
AM9:00社長が2×4の材料を運び込み、木取りをしてくれた大工さんも応援にきてくれました、いよいよ工事開始です。
崩れかかった既存のデッキをチェーンソーで解体切断、これは後の焚き火用にストックします。
既存の基礎を使用し、柱を立て梁を組み、階段を設置、手摺りを付け、床板貼りです。
やはり3人居れば仕事も早く、午前中には手摺り付けまで粗方終わり、午後からいよいよ床板貼りです。

家内がお昼に小淵沢駅で駅弁を買ってきました。
TVの番組企画から生まれたと言うこの駅弁「元気甲斐」、なかなかの物であります。

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午後からは、応援部隊も引き上げ二人の作業となります。
日頃現場での監督はするものの、材料の運搬、玄翁での打ち付け作業は私にとっては重労働です。
夕方一応の区切りがついた時には、足腰たたない状態です。
車で2、3分のところにある温泉(鹿の湯)に這うようにしてたどり着き、すんでの所でギックリ腰を免れれました、後は自宅に帰っての鍼治療
1999年5月
いよいよゴールデンウイークです。
と言っても遊べる訳では有りません、いよいよ室内の改装工事の始まりです。
1階部分が約6畳の吹き抜けの洋間と6畳の日本間が二部屋、トイレ、バスルーム、キッチン
2階部分に6畳位のロフトと屋根裏倉庫、そして出窓と若干の書斎?スペース、これが現在の構成です。
そこでまず、1階部分の洋室と日本間の壁を取り払い、一部屋とする事にしました。
これで少し広いスペースが確保できそうです。
事前に図面でチェックしていたので中央に柱が一本残るだけで無事壁の撤去成功、見違えるような広さに夫婦顔を見合わせニヤリです。
ここまでくると家内も何とか成るのでは、との希望的な思いからか積極的に作業に参加してくれるようになりました。
そして、散歩がてらやってくる友人夫婦も日に日に変わる状況に手を叩いて喜んでくれます。
元々洋室と日本間のため、の床の段差を5.5mmの合板で合わせ、いよいよの床貼り。
しかし、いずれ建て替えねばならず今は出来る限りローコストに徹しなければならない悲しい経済的事情。
そこでフローリングは、フローリングでもフローリングカーペットを採用、6畳用3本購入します。
フローリングカーペットと言えどもこれがえらく重いのです、友人と二人でやっと搬入。
下地のコンパネの上に2mmの断熱シートを敷き詰め、その上にフローリングカーペットを床用両面テープとパネル釘で固定しながら貼ってゆきます。
中央に残った柱(本来、壁の中に隠れていた)を取り込みながら貼ってゆくのですが、物が6畳も有るので夫婦二人四苦八苦しながら二日がかりでやっと完成。
用意した6畳もの3本で残りはわずか30センチ角一枚きり。CADで散々「木取り」のシュミレーションをやった成果でしょうか。

この時までは、友人宅の居候大工であ有りましたが、いよいよこの日から我が屋の二階のロフトに引っ越しです。

とは言えまだキッチンが使えません、キャンプ用具の再登場

出来たてのデッキでのクッキングでです。
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                              HP「木洩れ日の森から」より転記いたしました

# by takibiyarou | 2006-06-03 00:03 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 02日

木洩れ日の森を求めて

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1998年11月

インターネットで白州町の物件を探し当て、勇んで現地に乗り込みますが、場所は断崖絶壁。
もう一ヵ所は、すぐ近くに悪臭を放つ工場、意気消沈で友人宅へ帰宅とあいなります。
がっかり、ガックリの二人に友人から「県境を越えれば良い物件が有るかも知れない」との情報
なるほど、小淵沢は山梨県と長野県の県境の町です、長野県という手もあると早速あくる日見に行きます
と、すぐ近くになかなか良い売り地の看板を発見、地元の不動産屋にコンタクトを取り、当方「木洩れ日の美しい森」を探しているむね伝えます
しかし、地元の不動産屋さんは半分あきれたように「景色の良い場所ではないのですか?」
「木洩れ日の美しい森ねえ・・・そんな珍しい注文は初めてで、見当が付かないが、此のあたりは長野県の公団が仲介している物件が多く当たってみると良いですよ」
と、商売気もなく電話番号を教えてくれたのです。

1999年1月

電話で頼んでおいた資料が長野県の公団より届きます。約20物件、その中で立地条件及び金額ベースで選別します。
候補として約10物件が残りました。

1999年2月

公団の担当者と現地で落ち合い、候補地を案内してもらいます。
このあたりの2月は、年間を通して最も寒さの厳しい時期です。-15℃まで下がる事もありますが、こういった「気候の厳しいところは最悪の時期に見るに限る」そうです。
その点ではこの2月は最高であります、が、寒い、じっとして居られない位寒い。
実際この寒気の中で約10物件見をるのはなかなかつらいものがあります。まして頭に描いた森と条件が合わなければ寒さが一層応えます。
候補の中で条件に一番近い物件は現在交渉中であり、キャンセル待ちとなりました。
またがっかり、意気消沈。
最後に公団の担当者が、申し訳なさそうに「後一つ、つい二三日前に売りたいと相談がありまだ資料も作って居ませんが見てみますか、」とのこと
「しかしかなり古い家が有りさら地でないので、条件に合うかどうか?」
この際、そこにも案内してもらう事にいたしました。
今までの中では一番県境に近い場所です。
近くまで車で案内してもらった、そのとき目の前に想い描いていたとおりの森が、
思わず公団の担当者の肩ををたたいてしまいました。
「これ、これ、これです、私が言っていた森は」私の言葉に担当者は、ビックリしながら「ここです、ここなんですその場所は」。

その後の交渉は家内曰く、顔がゆるみっぱなしで「古い家が有り条件は違うが、金額次第では、考えても良い」の私の言葉に全く迫力が無く
「ああーあ、買っちゃった」と思ったそうです。
しかし、そうは言っても私たちは「よそ者」、この森が将来、永住を考えた上で最適であるかどうか、今ひとつ自信が有りません。
そこで急遽友人夫婦を招集、土地の鑑定をお願いしました。
友人は、既にこの地に約10年暮らし、気候風土にも精通しています。そして私たちと価値観を共有しライフスタイルも理解してくれています。
又奥様は建築家であります、鑑定人としてこれ以上の条件は有りません。

友人夫婦は、この森を絶賛してくれ、「私がやめるなら自分が買う」とまで言ってくれました、GO サインです。
結局、この日の内にオーナーとの交渉がまとまり、仮契約となりました。

1999年3月

市役所だの、銀行だの様々な書類・手続きを終え、晴れて3月16日本契約完了。

これで名実共に「我が家の森」となりました。
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写真は森の整備後



                              HP「木洩れ日の森から」より転記いたしました


# by takibiyarou | 2006-06-02 00:02 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 01日

八ヶ岳との出会い

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私たち夫婦が、この森で週末を過ごす様になって5年目(2003現在)を迎えることが出来ました。

私たちとここ八ヶ岳南麓との出会いは約10数年前、大学時代の友人が小淵沢に工房を建てた時から始まりました。
工房のオープニングパーティに訪れたときには、「またえらい寒いところに工房を建てたなー、でもたまに遊びに来るには、いいか」程度の印象でしかありませんでした。
ところが二回、三回と訪れる度に四季折々とその姿を変える自然のダイナミックさ、気づくと既にそんな八ヶ岳の魅力の虜になっていたのです。
そのころは、まだ家内も大の寒さ嫌い、当然ながら一緒に訪れるのは夏休みのみでした。
ところがある年の11月、「ふいご祭り」(友人主催の火の神様を、祭る)のパーティーの手伝いに強引に同伴で訪れたときから家内の中で何かが変わった様なのです。
朝起きると気温は-10℃、想像を絶する寒さ、のはずですが、湿度が低いせいかぞれほど寒さを感じません。
寒いと言うより痛い感じです、それより何より、朝日を受けて光り輝くダイヤモンドダストの幻想的な美しさ
地面からは5センチもあろうかという霜柱、家内の口から「このあたりは、冬が素晴らしいね」の言葉が出ることになったのです。
それからの、夫婦の会話は、「いつかきっと八ヶ岳南麓に住もう」「自然の中で静かに暮らそう」こんな会話ばかりとなりました。
友人の飼っているワンコ、サンタ・モニカ・マルコとの散歩の時も「あの辺が良さそうだ」とか、「どこどこが売りに出ている」とか
二人の気持ちの中では、物件探しはもう始まっていたのです。しかしまだその頃は、現実味はあまり有りませんでしたが。

「森の暮らし」がだんだんと現実味を増してきたのは、私が会社を替わった時あたりからでしょうか
抱えていた家のローンを何とか払い終えたことが夢に向かっての第一歩を踏み出す勇気を与えてくれたことは、間違いないことです。

俄然 物件探しのスピードもアップしました。



                              HP「木洩れ日の森から」より転記いたしました

# by takibiyarou | 2006-06-01 00:01 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 14日

習作・スライドショーの試み

                        memory of yatugatake
                        黄葉の森
                        
                        右下隅をクリックすると全画面表示」となります

                        memory of yatugatake
                        炎
                        
                        右下隅をクリックすると全画面表示」となります

                        memory of yatugatake 2009
                        冬 の 散 歩 路
                        
                        右下隅をクリックすると全画面表示」となります

                        memory of yatugatake 2005
                        幽 玄 の 森 - 2
                        
                        右下隅をクリックすると全画面表示」となります

                        memory of yatugatake 2005
                        幽 玄 の 森 - 1
                        

                        右下隅をクリックすると全画面表示」となります

# by takibiyarou | 2005-11-14 11:15 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 27日

けったいな物コレクション

    ■  珍 奇 薄 物 館
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       決してコレクターではありません

       ただ何となく集まって来た物達です

       決して高価ではないけれど、デパートで手に入るものでも無さそうです

       一人 酒のお肴に、悠久の時の流れは、いかがでしょうか



    ■  EXPO 記念館
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       2005年3月25日~9月25日
       愛知県において
       [2005日本国際博覧会 愛・地球博] が121カ国の参加により開催されました

       このコレクションはその時記念に頂いた、ほとんど自己満足のコレクションです
       それでも、私にとって思い出一杯の懐かしい品々なのです

 

    ■ その他の「けったいな」関連記事は
      ↓ 下の 「#けったいな」 タグからどうぞ


# by takibiyarou | 2005-06-27 16:42 | 木洩れ日の森 | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 10日

ノエルの森の主な登場人物

■私 こと 焚き火野朗
 昭和20年代の兎年
 週末ノエルの森で呑んでます

■家内
 昭和30年代生まれの主婦
 家でピアノと学科教えています
 我が家のシェフ

■ノエル
 平成11年11月11日生まれの
 ちょっと頑固な黒ラブお嬢
 2016年8月1日 享年16歳9ヶ月

■セラ
 2015年3月7日 ガリガリでお山を徘徊保護する
 後に、我が家の家族となる
 この日を誕生日として、2歳と推定
 犬種はポインターっぽい・・・
 ノラ改め韋駄天のセラとはっします
 
■ゴウ介家
 アグの森の住人と
 ゴールデンのゴウ介&あぐ菜

リンケン
 グエルの森に自分で家を
 建てたツワモノ一家
 ご主人リンケンさんは猩壺庵の大工さん
 ハート・ビーノ・グエル・来春の
 黒ラブトリオ+ワン

■ヒナヒナ家
 ハービーグー家を拠点に森に出没
 黒ラブヒナヒナはノエルの妹

ぶんた
 元放浪犬ぶんたと暮らすご近所さん
 ご主人は週末ミュージシャン






# by takibiyarou | 2005-06-10 15:47 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(2)
2005年 06月 01日

Gouta forever

お山の仲間のお散歩犬、ゴールデンのゴウ太が

あんなに元気だったゴウ太が、逝ってしまいました

お山で、散歩中だそうです

ゴウ太らしいですね

数日前
ゴウ太家で飲んで我が家に帰ると
ゴウ太が先に待っていてくれました
そしてドアを開けるとそのまま、その夜は泊ってくれました

それがゴウ太との最後でした

どうした訳か
その日はゴウ太の家族が久々に集まっていたそうです
奥さん・息子・娘

みんなでいつもの川で泳ぎ
いつものコースでお散歩
そして、いつもの場所で・・・

逝ってしまったそうです

ちょっとスケベだけど、イイ奴でしたね

あの飲み会の夜
ノエルママから電話がありましたね
その時、電話に向かってゴウ太が吼えたそうです
ノエルママにも
さよならを言ってくれたのですね

きっと

さよなら ゴウ太!

ありがとう ゴウ太


2005.6.1  ゴウ太  逝く


でも
ゴウ太との想い出は消えることはない

永遠に


Gouta forever




HP 木洩れ日の森からより転記いたしました

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# by takibiyarou | 2005-06-01 20:00 | forever | Trackback | Comments(0)
2005年 05月 01日

木洩れ日の森から 2005~2006 photo album

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これ以降はブログに移行いたしました












# by takibiyarou | 2005-05-01 01:03 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(0)