木洩れ日の森から

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2014年 09月 18日

諏訪大社の謎・・・

14-9-16

先週から少しづづ、「諏訪明神」という本を読んでいます
先日、富士見町図書館の郷土史コーナーから借りてきた
これまで、何度も「諏訪大社」関係の本には挑戦してきましたが
いつも途中で挫折・・・
日本の神道関係の本は極めて難解であります
相当の関係知識がなければ読みこせないし、また理解もできません
しかしながら、「諏訪大社」に関しての謎は深い
その始原は、奇祭「御柱祭」とは、謎の祭祀「御頭祭」、上社と下社とは、ミシャグジとの関係は
そして、本当の祭神は・・・
これほど有名な神社でありながら、その謎は深い
また、邪説ではありますが「日ユ同祖論」との関係も興味を引かれるところであります
  (本著では「日ユ同祖論」との関係には触れられてはいません)
そんな中、少しだけやさしく書かれた本を発見
それが、寺田鎮子・鷲尾徹太「諏訪明神」・・カミ信仰の原像・・
とは言いましても、すんなりと読めるわけではありません
ではありますが、ほかの宗教学などの専門書よりは遥かに読みやすい
寺田鎮子氏は、ネパールの宗教儀礼の研究を専門とされている方のようで
神道の専門家ではないからかもしれません
しかしながら、神道関係の専門書には違いなく、早計に要約するなど私にできるはずはないのですが

そんな中、偶然の発見がありました
それは、故・原田哲郎氏の存在でした
原田哲郎は諏訪の生き神と言われた「大祝(おおほうり)」のお世話係を代々努められた家系であったそうな
そして
その原田家は武田信玄の時代、永禄年間(1558~1569)に川中島への軍用道路である棒道造りの監督官として任命されて以来
神野(こうや)<神のための神聖なる領域>の野守の役目をはたしてきたそうなのだ
私の少しばかり調べています「稗之底村」のことについて、何かご存知のことがあったかもしれません
生前にぜひお聞きしたかったです

諏訪は巨大な「神の王国」である。
それは、古代から現在に至るまで、神霊をめぐる多彩で活発な祭祀活動を展開してきた。
しかもその活動は、縄文以来の伝統を根底に秘めつつ、大和王権の宗教文化に吸収されることを拒み、さらには仏教の強大なイデオロギーにも抵抗して,
きわめて豊かな展開を成し遂げてきたのである。
だから、諏訪は疑いなく面白い。
個々の儀礼や歴史の研究に一歩足を踏み込めば、容易に抜け出すことができなくなるほどの、面白さ、奥深さがそこに在る。
そして何より、諏訪を探求することは、単に一地方文化の研究にとどまるものでなく、日本の宗教文化、神道(カミ信仰)のありようを、根底から問う作業になるはずだ。
それが本書の狙いである。

巻頭の文章であります

そして、諏訪湖は「糸魚川-静岡構造線」と「中央構造線」という、日本の地質学上重要な二大断層が交わる地点である。
と諏訪の地理的特殊性に触れながら考察は進む

諏訪大社は上社と下社とからなる
上社の祭神はタケミナカタであり、下社はその妃であるサヤカトメを祭るとされています
しかしながら、この両神は諏訪大社の神事に全くかかわっていない、なぜか?
原田哲郎、武居幸重両氏による論文を引用し
大和王権は地方の国々に対し、「国が祭る祭神は人格神を奉祭せねばならぬ、祭祀の中に魑魅魍魎の類を取り込んではならぬ」と命じた
これは、人格神ではなく魑魅魍魎の類では皇統譜を押し付け服従関係をでっちあげることを不可能にするからである。
祭神とされるタケミナカタ神、サヤカト神は大和王権から押し付けられた上辺だけの祭神ではないか、と
確かにタケミナカタは国譲りさせられた王権外の神オオクニヌシの子であり、国譲りに納得せず争い敗れ、諏訪の地に逃れ
「もうこの地から出ないから殺さないでくれ」 と、大和王権に服従したとされる、いわば敗者の神である
原田哲郎氏は常々こう言っておられたそうな
*「タケミナカタなんて神事のどこにも出てこないよ。だって大祝につけるのはタケミナカタじゃなくてミシャグジじゃん。」と
ここで「ミシャグジ」の名が出てくるでは「ミシャグジ」とは?
ミシャグジ」は日本古来の神。柳田國男によれば賽の神(サイノカミ)であり、もとは大和民族に対する先住民の信仰。
伝承は多岐に及び、石神(シャクジ、サクジ)と云う他にも多様な音転呼称がある。(ウィキペディによる

だんだんと面白くなってきました


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が、まだ途中なんです

興味のある方は

少ないでしょうけれど・・・


今日のところはこの辺で














by takibiyarou | 2014-09-18 05:18 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(10)
2014年 09月 05日

利休にたずねよ

先日、図書館から借りてきた本
山本兼一氏の「利休にたずねよ」
海老蔵主演の映画が話題になったが、私はまだ見ていません
映像的に素晴らしいとの評判なので、ぜひ見てみたいのですが
幾つかの時代考証的な批判もある様なので、まずは原作から読んでみようと借りてきました

これがなかなか素晴らしい
いわれなき嫌疑にて、自らの茶室にて腹を切る
そんな壮絶なる場面から、物語は始まる
利休の脳裏に浮かぶ、幾つかの記憶
決して時間軸に囚われない、二十四項からなる「美」との葛藤の記憶

いや、実に美しい

一気に読みたい衝動を抑え

一項づつ、時間を掛け

じっくり読むことに勤めました


ふと甦る、記憶・・・
あれは冬の寒い朝の事でした
開けはなされた縁側から、じっと小庭の白椿の花を見つめていた父の後ろ姿
手には花ばさみを持っていましたので、枝を切り、活けようとしているのだとは分かりましたが
いくら待っても動きません
そして、ふっと、振り返り
「お前なら、どれを切る?」と・・・

椿の花枝を切って、床の間に活けたいのですが
どの枝を切ったらよいものか、迷っているのでした
活けるのに丁度よさそうな枝を切ると、庭の景色が崩れてしまう
あれも切れない、これも切れない・・・
狭い小さな庭に、わずかに咲いた白椿
「なあ、どうしてこんなに良いところに花をつけるんだろうなー・・・」と父
なるほど、どの枝を切っても
小さな庭のバランスが崩れそうな気がします
花は生けたし、小庭の景観も捨てがたい

結局、その日は花を生けることができませんでした

「利休にたずねよ」を読みながら

ふと、そんな昔の記憶が甦ります


利休なら

あの時、どの枝を切るのだろうか

いや、切らずに

別の、室礼を企てるのだろうか

そんな

たわいもない思いが過るのでありました


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久々に
美しい文体の本に巡り合えました
もう一度
読み返したい本です


あくまで、山本兼一氏のフィクションであり
真の利休像とは別に考えなければなりませんが
原作には、指摘される時代考証の矛盾点は見受けられませんでした
映画での、過ぎた演出のせいなんでしょうか・・・












by takibiyarou | 2014-09-05 04:38 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(6)
2014年 09月 02日

利休の茶杓

14-8-29

真冬用の暖か肌着着込んで、デッキに出る
気温は14℃、普通の服装では風邪っ引きには応える気温です
それでも、デッキに出るのですから
我ながら、始末に悪い
お野菜を煮込んだアツアツのスープを頂きながら
借り物の本のページを繰る

山本兼一氏の「利休の茶杓」とびっきり屋見立て帖
幕末の尊王攘夷の激動の渦中にある京都、桂小五郎やら近藤勇やらに翻弄されながらも
目利きの道具屋夫婦、真之介とゆずのちょっと心持の暖かくなる
骨董好きには楽しい話
そんな六編の作品をまとめた一冊なんです

「よろこび百万両」
  清の推黄の菓子器
  黄漆の堆朱、龍の文様そして五本の爪、どう見ても高貴な品に違いない
  清国から逃れてきた高層に聞くと「堆黄値百万金」と・・・

「みやこ鳥」
  三条実美公が都を離れることに、桂小五郎らの手はずによるらしい
  見送りに出た真之介とゆずのたづさえた包みには短冊と香合の箱が
  「春にあふ心は花の都鳥 のどけき御代のことや問はまし」
   古今和歌集の歌である

「自在の龍」
  名人と名高い明珍作の自在置物を数多く預かることに
  その中に一際目を引く「自在の龍」が
  こればかりは決して売るなと釘を刺される
  どうやらこの龍の向きが、長州藩士らへの暗号らしい
  そこに現れるのが、新撰組・・・

「ものいわずひとがくる」  
   楽家十一代十一個の茶碗が、とびっきり屋の店に並ぶ
  「こういうええ道具は“ものいわずひとがくる”のや
   なんの広めもせんでも、自然に人づてに伝わって
   人がやってくる
   道具そのもの力やな」  

利休の茶杓.
  種をもらったお礼に、朝顔を咲かせた竹垣の竹を削って
   利休は茶杓をつくり、古田織部に贈ったという
   その茶杓はいずこに・・・


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あまり肩肘張らずに読めるお話
後味の良い本でした

これを返しに図書館に行くと
予約しておいた「下町ロケット」が用意されていた


風邪っ引ではありますし

読書三昧といたしゃしょう

そうと決まれば

食料の確保










by takibiyarou | 2014-09-02 04:08 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
2014年 07月 25日

14-7-24

へー、そうなんだ

なるほど・・・・なっとく・・・・

ノエルが呼んでいます
さて、起きますか

あれ
せっかくの、夢が・・・
まだ、脳の端っこに引っかかっているような
もどかしさはあるのですが
せっかくの、夢が消えてしまいました
良いブログネタだと思ったのですが
残念

ノエルの用足しと朝ごはんを終えて、お山に向けて出立
週末は管理組合の会議で潰されそうなので・・・
いつものように、勝沼から下道を走る
早朝なので、いたってスムーズ
ついつい、高速と間違えてアクセルを踏んでしまう
すでに明るくなった甲府の街を抜け、ひた走る

6時過ぎ、森に到着
先週から、足場に覆われていたお向かいさん、すで三分の二ほど新しい屋根材が張られています

森での朝食を終えるころから、お向かいさんの工事が始まった様子
ネットで図書館へ
利用状況を確認してみますと、先日予約を入れた本が「取置中」となっている
用意が出来たらしい
さてお買い物、行ってきますか
車をバックさせようとすると、路に停められた砂利を積んだトラックが邪魔になりそうだ
すると、作業服の若い女性が走ってきて、車出ますか?
すぐに移動します、と、もう一人の作業員に声をかける
実に感じが良い
携帯電話で図書館に本の確認をしながら
ふと、足元を見ると小さな小さな女の子が指を二本、Vの字に突き出して私を見ている、二歳らしい
森の中の工事現場に似つかわしくない風景に、一瞬たじろぐ
しかし、かわいらしい女の子だ
どうやら、家族で手伝いに来ているようです
その女の子のすぐそばで、いきなりトラックが動き出す気配
驚いて、無意識のうちに女の子を抱き上げる
トラックはゆっくりとバック
無論のこと、運転手には子供の姿は見えていたのです
女の子の方が驚いています・・・
照れ笑いしながら、お買い物に向かう
後ろでは、さっきの女の子がずっと手を振っている

たんたんたん
屋根を張っている乾いた音が梅雨明けの森に響く
さっきのトラックの姿は見えない、すでに敷地に砂利がまかれているので
仕事を終えて帰ったのかもしれません
たぶん、あの子も一緒に帰ったのでしょうね
少し曇っているが、雨は大丈夫なようだ
昼から、梅仕事しましょうか
そんなこと考えながら、森のデッキで借りてきた本を開く
少し前に車内のラジオでやっていた書評が面白くて、予約を入れていた
村田喜代子さんの「屋根屋」、夢の話なんです

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雨漏りのする屋根の修理にやってきた屋根屋。
自在に夢を見られると語る彼の誘いに乗って、「私」は、夢のなかの旅へ一緒に出かける。
九州訛りの木訥な屋根屋と、中年主婦の夢の邂逅は、
不思議な官能をたたえながら、ファンタジーの世界へと飛躍する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たんたんたん

物語のような瓦屋根ではありませんが

屋根屋の作業音

ジージーと

蝉の声がそれに重なる

そんな森の音を聞きながら

ページを繰る

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by takibiyarou | 2014-07-25 04:56 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
2014年 02月 07日

雨の日は引き篭もり

14-2-2

朝からの雨

それほど強い雨ではない

しとしと、いや もっと細かな霧雨程度

でも、そんな細かな雨が屋根の雪を溶かし

雨だれは、雨脚の小ささに増して大きな音を立てる

こんな雨の日にも

鳥たちは水を飲みにやってくる

綺麗なお水に入れ替えてやろう

そういえば、リス君が見えないようだ

餌皿の胡桃も手付かずに残っている

まあ、その内やってくるだろう


買い物は昨日済ませてある

今日は

一日、引き篭もりを決め込もう

寒くは無いが、薪ストーブに少しだけ火を入れる

やはり、これが無いと落ち着かない

チーズとオカキをセットして

しろワインを開ける

本は梨木香歩さんの絵本「ペンキや」とやはり梨木香歩さんのエッセイ「不思議な羅針盤」

先日読んだ絵本「蟹塚縁起」が面白くて、また絵本を借りてきた

「蟹塚縁起」はかなり重々しい絵本でしたが、「ペンキや」はかなり明るい

なんだか、ほっこりしてくる

しんやはペンキ屋見習い
お客に頼まれていろんな色で塗るのが仕事
でも、それほど簡単ではない
色、緑・青・黄、とは言っても同じ青でも無限の巾がある
色の名前を聞いて調合しても、果たしてお客さんが思っている色合なのか・・・
悩むしんやに、親方の言葉

「たとえばブルーグレイとひとことでいったって
そう呼べる色合いは数限りなくある
お客様が本当に好きな色を感じとるのさ
感じとったらそれをペンキで表すんだ」

しんやのお父さんもペンキ屋で、しんやが生まれる前にフランスに渡り、そのまま亡くなった
心臓麻痺だそうだ
そのお墓には、「ふせいしゅつのペンキや ここにねむる」と書かれてあると母から聞く
しんやもお父さんの墓を探しにフランスに渡る
途中の船で、霧の中から現れた不思議な夫人からペンキ塗りの仕事を頼まれる
この船を「ユトリロの白で塗って欲しいと

さて、「ユトリロの白」とは
フランスではお父さんのお墓は見つからなかった
帰りの船、同じ夫人が現れ、しんやに礼を言う
船は「ユトリロの白」で塗られていたのだ

しんやと死んだお父さんが
なぜか、重なる・・・

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作:梨木香歩
絵:出久根 育
出版社:理論社



















by takibiyarou | 2014-02-07 04:20 | 猩壺庵 | Trackback | Comments(6)
2014年 01月 23日

蟹塚縁起

先日、図書館で「絵本」を借りた
意図あって「絵本」を借りたのではない
受付で、作家名で借りられる本を検索してもらい、御願いした中に
含まれていた、一冊
一瞬、「絵本」か   と思ったのですが
中の絵が印象的でしたので、そのまま受取りました
今、夢中で読み漁っている 梨木香歩さんの「蟹塚縁起」
木内達郎氏のイラストが、これまたぞくっとするほど 素晴しい
説明的でなく、イラストレーションの範囲を超えているように思う
独立した絵画としての芸術性をも感じる

Amazonの解説を引用すると
助けた蟹が恩返しに来たことで、とうきちは自分でも気づかなかった前世での無念を思い出す
生まれて来て生かされていることの不思議を、深みのある絵と共に幻想的に描く
あなたがその恨みを手放さぬ限り…蒼白い月の光は、時間を超えたいくつもの魂の旅路を優しく照らし出す
幻灯のように浮かび上がる、静かな一夜の物語。とうきち自身気づかずにいた前世の無念は
律儀な蟹の群れと共に月夜に昇華される
幻想的絵本  とある


深夜に起き出し、ストーブに薪を足す

熟睡中のノエルの横で

手元灯り頼りに

ページを繰る

炎の揺らめきが挿絵に重なり

幻想の異空間に浮遊する


確かに、幻想的な物語と画である
とうきちはあるとき、名主の息子が沢蟹を捕まえて手足を捥いで遊んでいるのを見つけ、諭し、蟹を助ける
しかし、名主の息子は父親に「とうきちに蟹を横取りされた」と言いつける
名主は息子の言葉を信じ、とうきちの唯一の財産である牛を取り上げてしまう
その夜、とうきちの枕元に美しい女が現れ「押し掛け嫁でございます」と告げ、身の回りの世話をやく
蟹の恩返しと言うわけだ
次の日の夜中、蟹の大群が移動するのを見つけ後を追うと、名主のところに向かうものと察する
どうやら名主に仕返しをするつもりらしい
蟹達が大きな石を動かすと、その下に一本の錆びた太刀が出てくる
稲妻のように、とうきちの脳裏に前世の因縁が蘇る・・・

前世の因縁、因果
幻想的な物語、そして不思議な感覚の油彩によるイラスト
ある方の書評に、「まるで黄泉の国に置き去りにされたような気持になる絵」 とありましたが
まさに同感

「オマエガソノウラミヲテバナサナイカギリ」

余韻の残る

素敵な

大人の絵本でありました
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お借りした本であることが

口惜しい・・・



作:梨木香歩

絵:木内達郎

出版社:理想社

















by takibiyarou | 2014-01-23 05:33 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(4)
2013年 12月 27日

からくりからくさ

13-12-27

昨夜から年末のお山に来ています

夜から雪になりましたが、朝には雨に変わりました

午前3時で外気温1℃、わりに暖かいです

しかし明日辺りからは寒波襲来とのこと、薪の準備をしておきませんとねー


ところで、このところ

梨木香歩さんの本に嵌っています

児童文学作家、絵本作家、小説家とあるが、実に多彩な人だ

 

最初によんだのが「西の魔女が死んだ

次が「ピスタチオ」、カヌーで廻るエッセイ「水辺にて」、そして少し時間が空き「家守奇譚」

 

そして今回、「からくりからくさ」

 

祖母の死、古びた民家の祖母の家の二階には人形部屋がある

祖母は倒れる少し前から人形部屋の人形達の引き取り手を探し、最後のいったいの引き取り手が決まったあと死んだ

しかし、その部屋にはもう一体の人形があった

蓉子が祖母からもらった「りかさん」、プレゼントに「りかちゃん人形」をリクエストしたのに

祖母がくれたのは「市松人形」でした

蓉子はこの人形を「りかさん」とよび、次第に人形と心を通わせる、

そんな「りかさん」だが、祖母の死後「喪に服する」と宣言して以来

四十九日が過ぎた今も人形に戻ってきていない

 

そんな祖母の家に下宿人を募集、蓉子も管理人としてこの祖母の家で女4人で暮らし始める

蓉子は染色家を目指す駆け出しの職人

知り合いの紹介でテキスタイル関係の学生を紹介される

「紬」に心を奪われる紀久

中近東の織物であるキリムにご執心な与希子

現実主義者の異邦人マーガレット

そして、「りかさん」

気質の異なる女4人と一体、冷房も網戸も無い古びた民家での生活が始まる

下宿人たちは最初「蓉子」と、「りかさん」との関係に違和感を覚えるが

次第ににそれも消え「りかさん」中心の生活となってゆく

糸を染め、機を織る、そして庭の野草を食卓に乗せる

静かで、堅実な日々

そんなある時、祖母を訪ねて一人の古美術商が訪れ

「りかさん」が「澄月」という人形師の作であることを伝える

「澄月」は比類の能面師「赤光」と同人物であるという

やがて「りかさん」と瓜二つの人形がもう一体」存在していた事実が判明し

この家の下宿人達の奇妙な縁(えにし)が解き明かされてゆく


「世界は一枚の織物」とのキーワードから執筆されたといわれる作品だけに


この作品にはたくさんの「想い」が織り込まれている


呪いであると同時に祈り。憎悪と同じぐらい深い慈愛。怨念と祝福。同じ深さの思い。媒染次第で変わっていく色。経糸。緯糸。リバーシブルの布。
 一枚の布。
 一つの世界。
 私たちの世界。」

過去から連綿と続く「家」「血縁」「伝等」を縦糸、そして日々絡み合う人々を横糸として

織り成される一枚の織物



またもう一つのキーワード 蛇、竜、龍、ドラゴン

マーガレットの実家から送られたキリムの龍の文様

想いはトルコ、そしてクルド民族へと広がる

この村にもキムの織り手がいる。そのベテランの織り手の一人にあのキリムを見せ、どうしてどうしてこれがドラゴンなのかきいたが、**********

ドラゴンは生命の樹の支配者。泉と宝を守護するもの。泉の底には機織姫たちが、ただ黙々と機を織っている。

泉の底では蜘蛛が・・・・。

クルドのドラゴンの文様は、メドゥーサの首に似てないだろうか。


能面師「赤光」により最後に彫られたとされる、「竜女」は・・・


そして、

最大のキーワードは、タイトルの「からくりからくさ」ではないだろうか

文中に

しばらくして蓉子が台所に戻ると、テーブルに白いクロスがかけてあった。誰もいない。

クロスの上には、テーブルの円周の縁に沿ってぐるりとカラスノエンドウの蔓が、外向き内

向きと交互に置かれていた。合間あいまに露草の葉、小さなヘビイチゴの実、それからハル

ジオンの小さな雛菊のような花がたんぽぽとおかれ、白と淡い紅、それぞれ明度の違う緑、

ハルジオンの花芯の淡いレモンイエローの配置が思わず息を呑むほど美しかった。

蓉子が驚きの余り声も出せずうっとり見とれていると、紀久が外出から戻ってきた。

ただいま、と言いかけ、紀久の目もテーブルに釘付けになった。

「・・・・・・ずっと唐草模様のことを考えながら歩いていたのよ。驚いたわ、まるで唐草模様」

この偶然の唐草模様が伏線となる

 

ほら、このパターンはここから明らかに変化している。*******大事なのは、このパターンが変わるときだわ。どんなに複雑なパターンでも連続している間は楽なのよ。なぞればいいんだから。変わる前も、変わったあとも、続いている間は、楽。本当に苦しいのは、変わる瞬間。根っこごと掘り起こすような作業をしないといけない。かといってその根っこを捨ててしまうわけにはいかない。根無し草になってしまう。前からの流れの中で、変わらないといけないから」


「唐草の概念はただひとつ、連続することです」

 


やがて与希子は蓉子の染めた糸を使い、紀久の織った紬を使い

「りかさん」までも組み入れた龍のオブジェを製作することになる

 

そして、物語りはクライマックスへと


 

実に意味深い一冊でした







by takibiyarou | 2013-12-27 05:44 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(6)
2013年 12月 25日

家守奇譚

13-12-22

朝、薪ストーブを焚きつける
昨夜は酔っ払って寝込んだため、薪を十分に補充していませんでした
よって、朝には熾きは無し・・・
しかし、それほど寒くは無くありがたい
朝食は、昨夜の宴の残り
牛スジのワイン煮を暖め直し、パンにオリーブオイルと野草茶
パンはノエルと分け合う
まだ暗い森から鳥たちが遣ってきて餌を啄ばむ

ストーブに薪を足し
野草茶をすする
最近、この野草茶に粗塩を一つまみ入れて頂くのが
マイブームとなっている
窓の外の森も少し明るくなってきた

昨日、図書館から借りてきた本を開く
梨木香歩「家守奇譚」、実に面白い本です
タイトルどうり友人の実家の家守として棲む駆け出しのもの書きの
不思議なお話
格項は庭の草木の名前が付けられ、その草木から不思議なお話へ
四季折々の庭の草木を見つめ耳を傾ける、そこに現れるのは幻影か
庭のサルスベリの木に懸想されたり、早世した友人が床の間の掛け軸から出てきたり、河童の干物やら狸の恩返しやら
そんな奇妙な出来事に、淡々と対応する駆け出しのもの書き、綿貫征四郎
時は明治三十年代辺りか、京都と滋賀の境辺りの懐かしい原風景がそこにある
そして往時を彷彿とさせる文体
梨木香歩といえば「」西の魔女が死んだ」が有名ですが
それとは一味違った物語
一緒に図書館に予約した続編の「冬虫夏草」も楽しみです
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ふと森を見上げると

すでに日は高く、鳥たちの数も増している

横では

ノエルの寝息









by takibiyarou | 2013-12-25 07:01 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 11日

「富士日記」

十二月八日 (土)くもり時々雪

昨夜遅くか、朝方から降り出した雪は5センチくらい積もっています
でも、これ以上積もる事はなさそうです
気温-5.5℃、昨日に比べてかなり下がってきました
薪ストーブの熾きを掘り起こし、松ぽっくりを投入すると
熾きは眼をさまし、炎を上げます
ころあいを見計らい、焚き付けの細割と薪を投入

熱々の野草茶を飲みながら、窓の外の白銀の森に見とれます
冬枯れの森に花が咲きました
デッキに薪を取りに出ると、森の向こうに明かりが見えます
ゴウ介家でしょう、でも早いですねー

なんだかお粥が食べたくなりました
炊飯器にお米を少量とお水たっぷりとセットして
ノエルと森に出てみます
屋根つきのデッキですが、粉雪で真っ白
踏んで凍りつく前に箒で掃いてしまいます
ノエルを抱きかかえて3段の階段を下りて森に出ます
まだ真っ暗なのですが、それでも雪明りで不自由はありません
軒下に出しておいたブリキのバケツに溜まった雨水は、完全に凍りついています
ノエルは雪の上に転がっています
お腹を冷やさなければ良いのですが・・・
今度、腹巻を買ってやりましょうかねー(お腹を壊されると、お漏らしのウンチが大変です・・・)

なにやら炊飯器が変な音を出しています
蒸気抜きの穴から、ねっとりとした糊状の液体が噴出
直に蓋を取り、お鍋に移し変えます
失敗です・・・
炊飯器でおかゆは無理みたい・・・
後はお鍋で・・・

メールが来ています
富士見町の図書館からです、御願いしてありました本が用意できたようです

食後のお茶を飲んでますと、ゴウ介家
お散歩の途中に
お母様からの差し入れの「酒粕」を届けてくれました
今回はたくさんお仕事を持ってきたらしい、それで朝早くから灯りが灯っていたらしい

朝一番に富士見町の図書館に本を頂に行きます
開館は9時半、10分くらいロビーで待ち予約の本を頂きました
先回に続き、武田百合子の「富士日記」(中央公論)上下巻
昭和三十九年夏から五十一年九月までの武田百合子、泰淳ご夫妻と長女花子さんの富士山麓での山小屋日記
河口湖の少し上辺りに立てた山小屋での暮らし
この当たりは、友人の山荘があるので少し土地感もあり、実に面白い
文学者らしい泰淳の自然描写と、歯に絹を着せない百合子の鋭い人間観察
管理所の外川さん、スタンドのおじさんおばさんとの交友
石工の女隊とのあげっぴろげな遣り取り
まだ、ツインガラスや高気密高断熱の知識の無かった頃、冬の山荘でのくらし
車の助手席で何時も缶ビールを呑んでいる泰淳に対し、タイヤにチェーンを巻き、パンクのタイヤを持って
ヒッチハイクで修理に行く百合子のバイタリティーには頭が下がる
今では直にJAFを呼んで御願いなのだけど
また、水道管のヒータも無い時代、毎晩寝る前に水抜き
それでも凍結してしまう水道

改装前の我が家の暮らしを

思い出してしまう・・・

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by takibiyarou | 2012-12-11 06:42 | 猩壺庵 | Trackback | Comments(4)
2012年 04月 13日

科学技術と知の精神文化Ⅲ

今、少し硬い本を読んでいます
前にも書きましたが、父の句が掲載された書籍を、編集者の方が送って下さいました
この本が「科学技術と知の精神文化Ⅲ」
普通でしたら、お仕事で無い限り手を出さない系統の本です
しかし、わざわざお贈りいただきましたので、読んで見ることにいたしました
この本は、日本トップクラスの識者の方々の講演記録だそうです

そんな科学関係講演にどんな形で父の句が取り上げられたのかも、かなり興味を惹かれましたので
掲載された部分だけでもと思い読み始めたのですが

面白いです

さすがに優れた識者の方々です、難しい事柄を驚くほど解りやすくご解説され
非常に示唆に富んだ講演記録です

私のような門外漢でも、なるほど・・・と頷きながら読みすすめます

私のふやけた脳には

たまにはこういった刺激もいいようですね

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「社会技術研究開発センター」のHPから転記させて頂きますと

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世界が大きな時代の転換期を迎えている現在、科学技術は何をよりどころとし、どこへ向かうべきなので
しょうか。
 この問いに答えを出すためには、人々の精神・規範・文化と科学技術の関係を歴史に学び、未来社会の創造
に向けてさまざまな観点から議論を深めていく必要があります。
 このような問題意識を持って5年にわたり継続してきた「科学技術と知の精神文化」研究会。これまでの講演
と編集委員による総論をまとめた本書が、21世紀に日本の科学技術を進めるうえで基盤となる知の精神文化に
ついて、多くの方々に考えていただくきっかけとなることを願います。

目次:

■刊行にあたって 

■[総論] 創造性と環境 ―いま何故“知のエートス”なのか― 阿部博之

■「武士道」に見る日本人の思考パターン ―定義なき概念の濫用― 石井紫郎

■歴史から見た独創的研究を生む環境 ―国際高等研究所での試みの紹介を兼ねて― 金森順次郎

■芸術、文化、自然における対称性 有馬朗人

■生命とは何か ―サイエンスの基礎から考える― 和田昭允

■変動帯に生きる 尾池和夫

■精神医学の思想 ―精神の病はどのように認識されてきたのか― 松下正明

■中国的思考法の限界と特長 ―摩擦損失の視点から― 加藤徹

■次世代に「信頼と尊敬をうける国」を残すために ―知の探究者に求められる精神文化― 遠山敦子


社会技術研究開発センター 編
発行年月日:2012年3月30日
出版社:丸善プラネット株式会社
税込定価:1,575円(本体:1,500円)
サイズ:四六判 /319ページ
ISBN:978-4-86345-124-7


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巻末の遠山敦子氏の言葉にもございますが

図らずも、今回の3.11の大災害において露呈してしまった、科学技術立国日本の体たらく

地震国日本の大津波に対する認識、備えの不備

想定外との釈明にあけくれる、当事者専門家

なんの役にも立たず足をひっぱるだけの、原子力委員会、安全委員会

対応の遅さと、隠蔽

直ちに出動出来なかった、ロボット王国のロボットたち

原子力安全神話の崩壊

それに対比し

これほどの絶望的災害にあっても、泣き叫ぶこともなく、我先に争うこともなく
列さえ乱さず、略奪などあるはずもなく譲り合い、助けあう東北人の姿に
全世界が驚愕し、その高い精神性に打たれました


次世代に「信頼と尊敬をうける国」を残すために

考えさせられる一冊でした


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by takibiyarou | 2012-04-13 06:50 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(0)