木洩れ日の森から

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2016年 10月 06日

巨星墜つ

16-10-06

またまた更新が滞っております
体調不良でもなく
ネットの不具合もすでに解消
このところ、少しお仕事が連なり山欠ぎみではありますけれど
それも、更新の滞りの言い訳になるようなことでは無いのです
ただ、元来の無精の虫が頭をもたげただけなんです・・・

そんな折、ふと、ブログのTOP下段にあります記事ランキングに目をやりますと
なんと、
が第一位・・・
この記事は2013年に書いた記事ですし、たまたまTVで私の大尊敬の恩師加藤九祚氏のお姿を拝見し
昔々の記憶が蘇ってきたことを書いたものです

ご年齢のこともあり、不安が過ぎり検索してみますと

やはり、先生の訃報に接してしまいました

::::::::::::::::::

NPO法人ユーラシアンクラブ(東京)に入った連絡によると、シルクロード研究などに尽力した人類学者で国立民族学博物館名誉教授(北・中央アジア民族史)の加藤九祚(かとう・きゅうぞう)氏が、仏教遺跡の発掘調査のため滞在していたウズベキスタン南部テルメズの病院で現地時間11日午後、死去した。94歳。

死因は不明。韓国慶尚北道生まれ。葬儀・告別式は未定。

数日前に現地で倒れ、テルメズの病院で入院中だった。

 1944年に出征。満州で敗戦を迎え、シベリアに抑留された。75年に民博教授。ウズベキスタンの仏教遺跡で発掘調査を続けていた。

                                                            東京新聞より

::::::::::::::::::

加藤九祚 - Wikipedia

1998年以降、ウズベキスタン科学アカデミー考古学研究所と共同で、テルメズ郊外カラテパでクシャン時代仏教遺跡の発掘を開始、2002年秋には出土品を東京・奈良・福岡で展示。最晩年まで発掘を継続した。2002年ウズベキスタン政府より「ドストリク」(友好)勲章、テルメズ市より「名誉市民」章を受ける。

2001年より単独編集誌『アイハヌム 加藤九祚一人雑誌』を秋から冬にかけ、毎年1冊東海大学出版会で刊行している(2010年版は、他の著作が重なり翌年刊)。

2016年9月、ウズベキスタンで発掘調査中に倒れ、搬送されたテルメズの病院で死去。享年94[1]



    生涯を研究者として、自らフィールドに立ち続ける事を良しとされた先生のこと
    その思いを全うされました


    師の偉業を私が云々は憚られます

    ADC文化通信の記事にゆだねる事と致します



    d0082305_06482461.jpg

    ただただご冥福を祈るばかりです

    お山にて
    思い出肴に
    ウオトカ 一杯やりますか














    by takibiyarou | 2016-10-06 06:52 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
    2014年 11月 13日

    現代音楽をば奏でるの巻

    14-11-12

    さて

    夢のお話です

    まともなお話ではなく、支離滅裂なお話ですので
    お暇じゃない方は
    スルーしてくださいね

    立ち込める、霧、もや?、スモークでしょうか
    際限なく広いスタジオ
    その中に、数十人、いやもっと大勢でしょうか
    見なりのキチットした人たちが並んでいます
    なんと表現したらいいのでしょうか、「マトリックス」に出てくるスーツの集団
    モモ」に登場の、山高帽の集団、「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちのように
    並んでいるといいましても、きっちりと整列している訳ではなく
    一人ひとり、思い思いの位置に立っているのですが
    それでいて全体が、何か大きな秩序に支配されているようです
    その中に私もいます
    やがて一人が何か言葉をつぶやきだします
    すると幾人かがそれに習い、言葉を発します
    やがてその言葉の波が大きくうねり、移動し伝播してゆく
    大勢の僧侶が行う読経のような、響き
    包み込む霧はフェードイン、アウトする色彩に満ている
    一人が、金属のステックで床をそっと叩き出す
    女性の甲高い声が響く
    言葉のつぶやきは依然、通奏低音のように響いています
    そう、何やら現代音楽を奏でているようです
    そして皆、自分たちの奏でる、音楽に酔いしれています
    私もまたその一部となって、大きうねりの中にいる
    また、言葉が聞こえてきます
    言葉の合唱、うねり
    あのケチャをもっと静かに洋風にアレンジしたかのようなそんな、響きなんです
    つぶやきは、次第に大きくなり、霧のスタジオを満たす
    やがて
    銅鑼の音が響き、一つの章が終了する
    しばらくの沈黙

    そしてまた
    新たな章が展開されて行く
    トライアングルの音がかすかに聞こえてきます
    ウゥウーーという、呻きにも似た声も響いてきます

    その声は次第に鮮明になり

    スタジオに満ちていた霧も薄くなってくる


    次第に覚めてゆく、夢


    隣の部屋の、ノエル

    布団から落ちてもがいている

    その足の爪がご飯のボールに当たり

    カンカンカンカン  と

    金属製の音を立てています

    枕元の時計は

    午前二時

    ノエルの、用足しタイムですかね


    d0082305_03365527.jpg



    先日の霧の森のイメージと

    ノエルの奏でる、ボールの音が

    結びついた結果かも知れませんね

    何とも、前衛的

    かつ、芸術的な夢でありました



















    by takibiyarou | 2014-11-13 03:51 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
    2014年 05月 24日

    記憶のだしがら

    ブログをUPしようと管理画面の「下書き一覧」を見る
    先週1週間分の下書きがタイトルを残して、本文が全て消えている

    愕然・・・

    慌てて、何度も試すが、復活する気配は無い
    このところ、このトラブルが頻発しています
    ブログのお知らせを見ると、やはり私のミスではなく、ブログ自体のトラブルらしい
    この下書き機能が出来て、重宝していたのですが
    それまでは非公開でUPしておいて、後で加筆修正してUPしなおす方法を取っていました
    この場合い、公開記事と非公開記事とが入り乱れ、なんともすっきりとしない状態が続くのであります
    しかし、1週間分が消えてしまうと、かなりのショックであります

    そんなもの
    書き直せばいいはずなのですが
    どうしたものでしょうか
    一度断片的にでも下書きとして書いてしまった日々の記憶は
    ほとんど消えている
    正に出し殻状態なんです
    それでも、その記憶の出し殻をつつき回して、記憶を呼び起こそうともするのですが
    すでに、気力が着いて来てくれません

    私の頭は、その日の体験または思い巡らせた事などを
    直に文章には出来ません、そんな能力などありません
    なので備忘録として、断片的な下書きに残します
    その、断片的な記憶や思いを数日かけて増幅発酵させてやっと文章にしております
    そんな、手間暇駆ける値打ちなど無い事は、よーくわかってはいるのですが
    そうでなければ、書けないのですから仕方有りません

    そんなまどろっこしい方法で
    続いた試しのない日記を
    何とか8年間も続ける事が出来ております
    コレは我が人生の中でも、かなりの脅威的なことなんです

    お山での
    何の変化も無い暮らし
    森をふらふらとお散歩して
    食事して
    そして一杯頂いて

    そんな暮らしですので
    一度出してしまった記憶など
    他の日々との区別など到底出きやいたしません

    そんなことで

    このところ

    記憶の空白が続いております・・・

    d0082305_07525181.jpg
    咲き始めた森のズミ(コナシ)の花











    by takibiyarou | 2014-05-24 05:24 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(0)
    2013年 12月 02日

    ウオトカの記憶


    先日、いやもう少し前になりますか、たまたまTV番組を見ておりましたら
    何処か見覚えのあるお顔に遭遇
    番組はたしか、「こんなところに日本人?」だったと思う
    世界の秘境に暮らす日本人を訪ねるという趣向の番組です
    目的あって観ていたのではないので、場所は定かではないのですが
    中央アジアの砂漠
    そんなところに日本人が住んでいるという
    番組が進行して砂漠の真中に住んでいるという日本人が映し出された
    えっ、そのお顔に、確かに覚えがある
    しかし、私が記憶しているその方は、ついこの間まで(考えて見ますと10数年前・・・)TVの放送大学でお元気なお姿を拝見しておりました
    そんな方がそんなところに住んでいる訳がない、とは思いましたが
    あまりによく似ておいででしたので、食い入るように見入っておりますと
    その方の名前は、加藤さん、えっ!!、まさか!!
    なんと「加藤九祚(かとう きゅうぞう)」その人ではありませんか
    間違いありません、かなりお年は召されましたが

    私の大尊敬の加藤九祚先生に間違いありません

    何でまた!?

    いや、ありえます、あの先生ならば・・・

    しかし、私がお会いした時からすでに30年ばかり経過しています

    相当なお年のはず・・・

    にわかには信じられません

    番組によりますと
    現在砂漠で遺跡の発掘作業をされていると
    あのやさしそうなお顔を拝見しておりますと
    昔の記憶が蘇ってまいります

    私が加藤九祚」先生とお会いしましたのはまだ先生が大坂の「国立民族学博物館」の教授をされておいでの頃でした
    ある展示企画のお仕事で面倒を見ていただきました
    私が打ち合わせに訪問しますと、先生は長ーい廊下の向こうから北アジアの民族衣装に身を包み
    おおまたで歩み寄り、いきなり抱擁してくださるのです
    最初は驚きましたが、次第に先生の飾らぬ自然体そのままのお人柄に、ただただ魅了されていきました
    そして、打ち合わせが長引くと、机の下で私の足をそっと蹴ります
    そしてニヤリと笑ってウインクします
    もういい加減にして、呑みに行こうとの合図です
    国立民族学博物館は千里中央の大坂万博記念公園の中にあり、ある意味
    「陸の孤島」、バスの時間に遅れると大変な事になる
    早々に打合せを切り上げてバスに乗り、駅前の立ち呑み屋
    先生が手を上げると、即座に一升瓶が目の前にドンと置かれます
    先生は、にやりと笑って、これ「ウオトカ」と一言、ウオッカとは発音しないらしい
    ボトルキープしてある本場ロシアの「ウオトカ」
    先生は満州で終戦を迎え、ベリアに抑留されておられました、その時に必死に覚えた
    あまりにも流暢な本場訛りのロシア語のために、スパイと疑われその後もしばらく抑留生活をされておられたそうです
    馴れない「ウオトカ」に足を取られる私を背負って、ホテルまで届けてくださいました事を
    今でも恥じ入りながら記憶しております
    d0082305_13435677.jpg

    そんな先生からあるときお呼びがかかりました
    お話を伺いますと
    これから国連の関係でシルクロード探検の旅に出る
    一緒に来ないか、とのお誘い
    私にお役に立てることがあるのでしょうか
    とお伺いいたしますと、写真の現像をやって欲しいと
    その頃はまだフイルムの頃、せっかく写した写真がまともに映っているかどうかが帰って現像してみなければ分からないのが
    一番の問題だ、幸い現像キットなるものが発売されたのでそれをやって欲しいと
    どうやら、専門知識の無い私を何とかこの「シルクロード探検」に参加させるために考え出された策らしい
    凄い、行きたい!!!
    しかしながら期間をお伺いいたしますと、1,2年くらいかな、と・・・エッ

    さまよえる湖 ロプノール、幻の都 楼蘭

    ウオトカの酔いと、魅惑のシルクロード探検のお話に、またまた酔いつぶれる私でした



    その頃、結婚したてでした私

    会社を辞める決心つかず

    大後悔の人生を送る事となりました

    今もって残念


    しかし先生、国立民族学博物館で定年を迎えられたはず・・・
    調べてみますと
    驚く無かれ1922年のお生まれ
    91歳・・・
    お元気なお姿を拝見できまして
    大変嬉しいです

    2002の春、先生のお誕生日にウズベキスタン共和国のカリモフ大統領から「友好勲章」を授与され
    また、同国教育省発行の小学六年社会科の教科書に紹介される事になったそうです

    ***********************************
    『君ははるばる日本からやってきて、スルハン・ダリヤ地方の古いダルヴェルジン・テパやカラ・テパで考古学的発展に従事している加藤九祚氏について聞いたことがあるかもしれない。彼の犠牲的精神に富む、広範な知識は、われわれの歴史全体や古代の遺跡を含むのみならず、文化的・精神的遺産に関しても深い理解を示している。加えて、これらの事物を外国の人びとに伝えることにおいても実り多い成果を上げられたことにより、ウズベキスタン共和国の大統領令に基づいて≪友好≫勲章を授けられた。

      そもそも、80歳を超えるこの人物に故郷を捨てさせ、冬の風雪、夏の炎暑、春秋の降雨や悪天候にさらされつつ、荒野に住まわせ、その手にクワをもたせて、古代の遺跡を少しずつ掘り進めさせている力はいったい何なのだろう?それは、われわれの偉大な遺産に対する興味、そしてウズベクと日本両国民の歴史と生活における普遍的な観念を学ぼうとする熱意ではないのだろうか?

      加藤九祚氏のように遠いふるさとからやってきて、ウズベクの田舎で学問的探求に携わっている学者は稀ではないだろうか?この人物は、われわれの国や人びとを心から愛しており、われわれの母国語を自由に話すことができ、われわれの歴史についてどんな人とも議論を戦わせるだけの知識があり、そしてわれわれの国を高く評価し、尊重している。ウズベクの人びともまた、彼を敬愛するがゆえに≪ドムラ(先生)≫と呼んでいるのだ。』

    ***********************************






    どうか、これからもお元気でご研究の日々をお送りください

    日本より


    お祈りしております






    もう一度見たいと思い
    動画を検索いたしましたが
    見つかりませんでした

















    More YOMIURI ONLINEより拝借

    by takibiyarou | 2013-12-02 06:39 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
    2013年 06月 23日

    日本最古の遊園地

    三社祭りで有名な浅草神社、浅草寺の側に
    日本最古の遊園地とされる、浅草花やしきはあります
    敷地面積5800m²、ここに国産初、日本で現存最古のローラーコースター
    最新の遊戯施設とは比較にならないくらいの小規模な遊園地ですが
    そこにはなんともいえない、懐かしさが漂っています
    d0082305_6382751.jpg



    ウィキペディアによりますと
    1853年(嘉永6年)に千駄木の植木商、森田六三郎により牡丹と菊細工を主とした植物園「花屋敷」が開園し
    当時の敷地面積は約80000㎡だったそうです
    江戸期は茶人、俳人らの集会の場や大奥の女中らの憩いの場として利用され、ブランコが唯一の遊具
    明治に入り浅草寺一帯を浅草公園地とした際、花屋敷は奥山一帯と共に第五区に指定された
    しかし敷地は縮小し、1885年(明治18年)に木場の材木商・山本徳治郎(長谷川如是閑の父)とその長男・松之助が経営を引き継ぎ、翌年、勝海舟の書「花鳥得時」を入口看板として掲示した
    この頃でも利用者は主に上流階級者であり、園内は和洋折衷の自然庭園の雰囲気を呈していた
    しかし、徐々に庶民にも親しまれるようトラ、クマなど動物の展示などを開始したり、五階建てのランドマーク奥山閣を建設し、建物内に種々の展示物を展示したりした
    d0082305_6412428.jpg

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    浅草が流行の地となるにつれて、この傾向は強まり、動物、見世物(活人形、マリオネット、ヤマガラの芸など)の展示、遊戯機器の設置を行うようになる
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    戦時下において徐々に規模を縮小し、まず1935年(昭和10年)に仙台市立動物園に動物を売却し、事実上閉園
    1939年(昭和14年)、須田町食堂(「聚楽」)が買収し、名称も食堂遊園地浅草楽天地に変更される
    1941年(昭和16年)には松竹が経営に当たることとなり、合資会社浅草花屋敷が設立され、劇場や映画館と共に再度遊戯施設が設けられたが、1942年(昭和17年)には強制疎開によりついに取り壊された
    終戦直後、敷地内は不法占拠されていたが、1947年(昭和22年)、当時、あらかわ遊園や豊島園も受託していた実績があった東洋娯楽機に業務を委託する形で何とか敷地が回復されて再び開園し、遊園地「浅草花屋敷」と改名
    そして1953年(昭和28年)のローラーコースター、1950年(昭和25年)のBeeタワーなど現在あるアトラクションが登場し始めた
    2010年(平成22年)、ホンモノの亡霊が出るなど、いわくつきの噂が流れていたことでも有名の花やしきの名物アトラクション「お化け屋敷」(旧)の営業を、1月11日に終了
    2011年(平成23年)3月、旧お化け屋敷跡地に3階建ての新しいビルがオープン
    また、その中にある新お化け屋敷『桜の怨霊』もオープンし現在に至る

    浅草花やしき、まだやっているの? と疑われる方が多いですが
    実は、土日など大変な行列が出来るほどの混雑ぶり
    未だにかなりの人気振りなのです
    最新式の遊具は殆どありませんが
    大人には、なんだかノスタルジーを感じさせ
    小さな子供には丁度いいくらいのあそび場
    下町の民家の路地を走り抜けるようなコースター
    射的場やざりがに釣りなど夜店の雰囲気も懐かしい
    と、他のテーマパークとは違った路線も面白い

    そんな浅草花やしきが、160周年を迎えるそうです

    今回は、160周年のテーマ「大正ロマン」沿った劇場の改装などなど
    160周年記念事業のお手伝い

    そんなこんなで
    しばらくは、お山に行く事が出来ませんが
    子供達の歓声で、山欠症を癒しながらがんばっておりまする



    2013-8-7




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    by takibiyarou | 2013-06-23 06:54 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
    2011年 10月 05日

    マ ド ン ナ

    reisiaさんのブログ「更紗の国から」で同窓会のお話を読ませていただいていますと、ふっと
    私の脳裏に古ーい記憶が甦ってきました
    もはやかなり曖昧な記憶となってしまいましたが
    あれは、大学生になったばかりのころだった思います
    ちょうど夏休みの帰郷のチケットを予約しようかと考えていたころ
    同窓会のお知らせが
    さて、手紙でありましたか、それともはがき
    電話はありませんでしたのでそんなところでしょうか
    いや、郷里の実家に来たはがきだったかもしれません
    そうに違いありません、たぶん・・・

    それが、なんと

    「幼稚園の同窓会」

    いえいえ、そんな名門の幼稚園ではありません、普通の市立の幼稚園
    「同窓会」といいましても、当時の「さくらぐみ」のクラス会
    何でまた、と思っていると
    母は当時の担任の先生(保母さん)のお名前を記憶していてとても面白がり
    是非にと強く押しますので、しかたなく出かけてみることに致しました
    「幼稚園の同窓会」といいましても、同じ地域の幼馴染、そして小中学校も同じ連中
    中学の同窓会と変わりはありません
    しかし
    そのときの同窓会は、担任してくださった「あずま先生」の退任祝いの会でした
    あの時、幹事をやって頂いたのが何方だったか、記憶にはありません
    でも、凄い美人の「あずま先生」、さくら組憧れのマドンナ
    あのころ先生は、おいくつ位でしたのでしょうか、おそらく二十歳そこそこだったのでしょう
    勿論私も大好きで、ずいぶんと甘えていたらしい
    毎日「あずま先生」の取り合いだった事が記憶に残っています

    当日、小学校の隣の幼稚園にでかけてみます

    照れくさいので、ご近所さんは誘わず

    一人で出かけました

    懐かしい門を入ります

    なんと、なんと小さな建物なんでしょう

    そして運動場にある遊具の、小さいこと

    笑ってしまいます

    そしてまたまた、ちっちゃな椅子

    集まるのは数人かな、と思っていましたら
    なんと10,4,5人集まりました、ほとんど全員といってもいいのでは
    驚きました
    そしてさくら組のマドンナ「あずま先生」のお姿がそこにありました
    幼稚園の同窓会だなんて、こんなに嬉しいこと、他にはありませんと
    涙をこぼされて喜んでくださいました
    なんだか、恥ずかしいやら照れくさいやらで、まともにお顔を見ることができませんでした

    でも、先生は全員のこと

    とってもよく覚えていてくださいました

    その会でどんな事を話ししたのかは、まったく記憶にありませんが

    こんな素敵な同窓会、思いついてくださった方に感謝です

    とっても、甘酸っぱい、素敵な記憶

    今を去る四十数年前の記憶です

    「あずま先生」


    どうして居られますでしょうかねー

    d0082305_6341442.jpg



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    by takibiyarou | 2011-10-05 06:34 | その他 | Trackback | Comments(4)
    2010年 09月 21日

    妖 精 は た ま た 妖 怪 か

    だいぶ涼しくなってきました、関東地方
    山篭りしております

    昨日、お山のTVで、ヤマネが登場
    あわてて家内を呼んだときには、すでに画面からは逃げ去っておりました


    ところで、「ヤマネ」をご存知でしょうか

    ネズミ目(齧歯目)ヤマネ科に属する、日本固有種

    いえ、たまたま思い出しただけなのですが・・・


    *********************************
    ウィキペディアによりますと
    頭胴長が60-80mm、尾長が44-54mm、後足長が15-17mm、体重が15-20gになる。
    冬眠時には体重が増加し、34-40gになる。体重は鶏卵(約50g)の半分もなく
    人間の手のひらに乗るほど小さい。
    体毛は背面が茶褐色で、腹面は淡い。目の回りは黒褐色に縁取られる。
    ネズミ類に似ているが、尾は約20mmの長い毛で覆われている。
    背中に1本の黒条(黒い線)をもち、これによって子リスなどと容易に区別される。
    また、この黒条はヤマネに際立った特徴である。
    *********************************

    森の妖精とも言われ、 準絶滅危惧に分類された日本国指定天然記念物
    八ヶ岳では、キープ協会での保護は有名ですが

    このヤマネ
    我が山荘にもかつて棲んでいたのです
    私達がこの山荘を手に入れるまでの数年間
    ほとんど人の訪れる事のなかった山荘は
    ヤマネの格好の住処だったのでしょう
    あれは、ノエルが我が家に来てすぐのころでしたでしょうか
    デッキのテーブルの準備のため、灯油タンクの上に置いておいた雑巾を取ろうと
    しかし、私の手が握った物は

    柔らかくて、フワフワしていて暖かい・・・

    加齢のためでしょうか
    手の感触が私の脳に達するのに少し時間を要しました
    やっととどいた手の感触なのですが、どうも理解が出来ません
    これまで私の経験した雑巾の感触とは、どうしても一致しないのです
    次の瞬間、私の手はこの未知の感触を取り落としてしまいます
    「オォオォワッ」の意味不明な叫びと一緒に
    この叫びに、家内がデッキに出てきます
    そして二人で見たものは

    ネズミ、いえ、違います

    丸いお団子に、これも真ん丸な小さな瞳

    平たい尻尾には毛が生えています

    そして、じっと私を見上げています

    ヤマネか!

    やっと気付き、そっと手を差し伸べると
    可愛いではないですか
    手のひらから腕に伝って登ってきます
    なんと愛らしいのでしょう
    しかし、次の瞬間
    ノエルの存在を思い出し、慌ててもとの場所に返します
    ノエルはまだ、気付いていないようです
    家内と顔を見合わせて、灯油タンクに目をやりますが
    既にそこに姿は見えません

    ほんの一瞬の出会いでしたが
    なんだか暖かい気持ちにさせてもらいました
    あれからは会うことは出来ませんが

    我が山荘に、ヤマネがいた

    これは私達の自慢です

    ヤマネの画像

    そんなヤマネ



    またの名を、小玉鼠と言い

    妖怪の仲間でもあるのです


    小玉鼠 (こだまねずみ)

    *********************************

    またまた、ウィキペディアによりますと

    外観はその名の通りハツカネズミ、またはヤマネに似た獣で、体形は球形に近く、体を丸めて冬眠中のヤマネを思わせる。
    人間に危害を加えるような存在には見えないが、山中で人間に出会うと、立ち止まってみるみる体を膨らませ、次の瞬間、
    鉄砲のような轟音と共に自分の体を破裂させ、肉や内臓を生々しく周囲に撒き散らす(破裂せずに周囲を飛び回って破裂音を鳴らすという説もある)。
    この小玉鼠の信じられない行動は、マタギたちは山の神の怒りや警告として恐れており、この怪異に遭うとすぐに猟をやめた。
    無理に猟を続けても獲物が取れず、それどころか雪崩などの災害に遭うこともあったという。祟られてしまった者は、家へ帰って「ナムアブラウンケンソワカ」
    と呪文を唱えることでお祓いを行なうことができるという。

    マタギの間に伝承によれば、小玉流という流派のマタギ7人が山に入り、山の神の罰によって彼らの霊が小玉鼠に化身したといわれている。
    また、「小玉鼠」とはヤマネの別名でもあるが、実在の動物であるヤマネが幻獣の小玉鼠の正体だという説もあり、
    冬眠中のヤマネを掘り起こしてしまったマタギが、その罪悪感から祟りがあると考え、この伝承に繋がったとする説も唱えられている。

    *********************************

    だ、そうな・・・



    追伸
    先日の熊騒動
    昨日の情報では、熊はすでにハンターによってし止められた’ようです
    雄のツキノワグマだったそうです
    これで、お散歩は少し安心ですが複雑です・・・




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    by takibiyarou | 2010-09-21 06:47 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(8)
    2010年 09月 15日

    「YORK」のこと

    ネットの検索中、「YORK」の文字を見つけます
    読み進めると、金沢、香林坊の日銀裏、ジャズ・・・昔懐かしいキーワードが続き
    記憶の糸が繋がって行きます
    そう、私が金沢にいたころ確か、片町にありました
    金沢のジャズ喫茶の草分け的なお店、学生時代から随分と通いました

    セロニアス・モンク、ソニー・ロリンズ、マイルス・デイヴィス、コルトレーン
    マル・ウォルドロン、ビリー・ホリデイ・・・
    そして、山下洋輔

    卒業後、再開発のため香林坊に移転されたと聞き
    金沢に行く機会があるごとに友人と待ち合わせて
    気さくなマスターとの昔話に興じたものです
    以前モノトーンな記憶で書きました「蜂の巣」のママの訃報を知ったのも、そんな時でした
    もお随分とご無沙汰です
    そんなマスターの訃報を、奥様の文章から知りました
    現在は奥様が、お店を続けられておられるそうです

    壁を埋め尽くす

    懐かしのレコード

    バレンタインを飲みながら

    現代俳句を熱く語るマスターでした

    そして、2009年06月19日

    奥井進七回忌ライブコンサート」の記事が


    もう、七回忌でしたか



    奥井マスターのこと


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    by takibiyarou | 2010-09-15 14:58 | その他 | Trackback | Comments(2)
    2010年 09月 14日

    ビ タ ー の 記 憶

    イヤー暑かったですねー
    やっと少しだけ落ち着いてきましたですかねー

    今年の夏はビールが売れたでしょうねー
    最初の一杯が旨いですねー、冷たーいやつ
    私はお腹が一杯になるので、あまりたくさんは呑みませんが

    上海では、外国人の行くお店ぐらいしか、冷たいビールはありません
    ローカルなお店では生暖かいビール・・・
    中国の人は冷たい物は体に良くないと嫌がるそうです
    でも、生暖かいビールは、ちょっと、なので「冷啤酒、ビンビージュー」と叫びます
    瓶ビールの意味ではなく、ビン(冷たい)の意味なのです、そうすると
    店員は、「没有、メイヨ」(無いよ)と叫び返します
    決して常温で旨いビールではありません

    でも、同じ常温でも、UKで飲んだビールは旨かったです
    ビターとラガーの違いですね
    ビールは、大きく分けるとビター・エールタイプとラガータイプとに分けられます(詳しくは
    私はビールについても、決して詳しいわけではありませんが
    調べてみますと
    ラガーは日本やドイツ、アメリカなどで普通に飲まれているビールで、酵母を低温で長時間掛けて発酵させ
    発酵が終わると酵母がタンクの底に溜まります、これが下面発酵
    火を入れ発酵を止めろ過、冷やして貯蔵(ドイツ語でラガー)されます

    私がUKで飲んだビールはビタービール、酵母を常温で短時間で発酵させると
    発酵中に酵母が浮上し、液面に酵母の層ができます、これが上面発酵
    そのまま飲むので、時間が経つと発酵が進みすぎてしまいます
    飲み頃が難しいビールです
    そして、ラガーがビヤホールで冷たく冷やされ、ソーセージなど食べながらワイワイ、ガヤガヤ
    そしてグイグイ飲むのに対して
    ビターは、街外れのパブのカウンターに寄りかかり、おつまみなしで、静かに
    時間を掛けて、チビチビ、舐めるように飲むのです

    しかし、日本でこのビターは見かけませんねー

    何でもそろうこの国で

    どうしてなのでしょうか

    d0082305_6361447.jpg


    サントリーからイオン限定で

    モルツ・ザ・ビターという名のビールがあるそうですが

    残念ながら、これはビターでは、ありません


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    by takibiyarou | 2010-09-14 06:37 | 雑観・雑考 | Trackback | Comments(2)
    2010年 07月 28日

    パーキングエリアを封鎖しろ

    先日のお客様との会話の中で、甦った恐怖の記憶
    きっかけが何のお話だったのかは、記憶しておりませんけれど

    猛暑日続きの熱帯夜

    冷酒代わりに、お話しましようか

    あれは、
    前の前の車でしたので
    七八年も前でしたでしょうか

    かなり激しく雨が降っていたと思います
    お山に向かう中央高速
    私は視力がよくありません、夜のそして雨の日は運転が怖くて家内に代わってもらいました
    雨の夜は家内も安全運転、当然法定速度です
    そして、ちょうど甲府を過ぎたころでしたでしょうか
    一台の車に追い抜かれます、もちろん我々は走行車線
    突然、追い抜いた車の後ろに電光掲示が光ります

    「後ろについてきてください」と

    パトカーです
    何で、なんで、???、スピードなんか出してませーん
    ほかの車と間違えたのかと、横を見ると
    そこにも、パトカー
    あわててバックミラーを覗くと、そこにもパトカー
    前後と右をパトカーに左はガードレール
    完全に包囲されているではありませんか
    パトカーと、私たちの他に車はまったく見当たりません
    さっきまで、かなりいたはずなんですが・・・
    何かやりましたでしょうか、とんでもないことを・・・
    家内と顔を見合わせながら考えますが、それほどの悪事の記憶はありません
    しかし、現に包囲されているのです
    いったいどうなるのでしょうか、不安はつのりますがどうすることもできません
    付いて行くしかありません

    先導のパトカーに付き従い、次のパーキングエリアに入ります
    12時になろうかとしている時間のせいでしょうか、パーキングエリアにはほとんど車がありません
    何台かの大型バスがいるだけ

    パトカーに先導されて、雨のパーキングエリアの中央付近に停車
    するとどうでしょう
    先ほどから留まっていたバスが動き出しそして出口でまた止まります
    そしてもう一台は、先ほど入ってきた入り口に止まります
    どうも普通のバスではなく、警察車両のようです

    その二台のヘッドライトに浮かび上がっているのは

    そう、私たちの車


    ・・・封鎖・・・


    異常な雰囲気を察知したノエルが

    後部座席でしきりに吠え出し

    家内は、運転席で固まっています

    いったいどうなるのでしょうか、私たち

    少し離れたところにとまっているパトカーから、誰も降りてこないのも薄気味悪いです
    職務質問に備えて、車検証を出しておこうとグローブボックスに手を掛けますが、やめておきます
    どうも、私たちを異常に警戒しているようですので、何か武器を探していると誤解されてもこまります
    腰の拳銃に手を掛けている姿が脳裏に浮かび、背筋がぞくり

    雨は相変わらず降り続け

    ヘッドライトに照らされた車の中でいったい、どのくらい時間がたったでしょうか

    やがて、パトカーから警察官らしき数人の人影が近づいてきますが、逆光のため表情は分かりません

    雨の中を

    黒いシルエットがゆっくりと近づいてきます

    どうしましょう

    アメリカ映画のように、手を上げたほうが良いのでしょうか

    指示に従い、ゆっくりとウインドを下げますと

    雨とライトの光が差し込んできます

    「なんでしょうか・・・」

    やっとの思いで尋ねます

    「そのままでいてください」と、一人が車内を覗き込み

    車検証と二人の免許証を確認し

    他は車の周りを回り、ナンバーを確認している様子

    その間もノエルは吠え続けています

    そのうち、無線で連絡をしている声が部分的に聞こえてきます

    「車は、・・・犬連れの外車・・・・」

    何度かの交信の後

    私たちに向かい

    「どうも失礼いたしました、もういいですよ」

    ちょっとまってくださいよ、いったいなんだったんですかこれは

    と説明を求めますが、明確には答えてくれません

    ただ

    手配中の車が通過したとの情報で駆けつけたのですが、違ってましたとのこと

    なんでも、地名、分類番号と数字までまったく同じで、ただ平仮名だけが「ね」と「る」の相違だったそうです

    それにしても、こんなに大掛かりな捕り物です
    いったいどんな事件でしょう
    いくら聞いても、答えてはくれません

    「いま、連絡を入れましたので、この先とめられることは無いでしょう」とのこと



    なんとも前代未聞の、体験でした


    そして、パーキングエリアを出てゆくころには

    雨は、嘘のように上がり

    何事も無かったかのように

    空には月


    d0082305_557555.jpg



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    by takibiyarou | 2010-07-28 05:55 | 八ヶ岳 | Trackback | Comments(4)